岩崎行親

岩崎 行親（いわさき ゆきちか）

岩崎 行親は、安政4年（1857年）に讃岐国丸亀（現在の香川県丸亀市）で生を受け、昭和3年（1928年）に70歳でその生涯を閉じた日本の教育者です。岳東という号も持ち、教育者としての道を歩む中で、多くの人々に影響を与えました。

生涯と教育者としての歩み

学窓時代

岩崎行親は、明治維新を経て近代化の波が押し寄せる時代に青春を過ごしました。1881年（明治14年）、彼は札幌農学校を卒業します。この学校は、北海道の開拓を担う人材育成を目指して設立された官立の高等教育機関であり、当時としては最先端の学問を学ぶ場でした。岩崎は同校の第2期生にあたり、後に日本の歴史に名を刻むことになる新渡戸稲造、宮部金吾、内村鑑三、広井勇、南鷹次郎といった錚々たる面々と机を並べ、薫陶を受けました。卒業時には農学士の称号を得ており、ここで培われた知識と人間形成が、その後の彼のキャリアの基盤となったことは想像に難くありません。

官吏から教育界へ

札幌農学校卒業後、岩崎行親はすぐには教育者の道を選びませんでした。まずは官吏として、開拓使御用掛、札幌県属、大阪府属といった職務を歴任します。開拓使では北海道の振興に携わり、その後は府県での行政事務に従事したと考えられます。こうした官界での経験は、社会の仕組みや行政の実務を深く理解する機会となり、後の教育活動にも少なからず影響を与えたでしょう。しかし、彼の本領が発揮されるのは教育の現場でした。

鹿児島での活躍

1894年（明治27年）、岩崎行親は鹿児島県で教職に就くことになります。当時の鹿児島県は、西郷隆盛や大久保利通といった近代日本の黎明期を牽引した偉人を輩出した土地であり、教育への関心も高い地域でした。岩崎はここで着実にキャリアを積み上げ、1901年（明治34年）には鹿児島県立鹿児島中学校の校長に就任します。さらに同年、彼は官立の高等教育機関である第七高等学校造士館の校長へと転任しました。第七高等学校造士館は、当時の日本の教育体系において、旧制高等学校として重要な位置を占める学校であり、ここで多くの若き才能を育成することに力を注ぎました。しかし、1912年（大正元年）には同校を退官しています。

「福山聖人」と称された教育

第七高等学校造士館を退官した後、岩崎行親は一時教育の第一線から退きますが、1918年（大正7年）から1924年（大正13年）にかけて、再び学校教育に携わることとなります。彼は現在の広島県にある福山中学校（現在の広島県立福山誠之館高等学校）の校長を務めました。この福山中学校での日々こそが、彼の教育者としての名声を不動のものとした期間と言えるでしょう。岩崎は、単に教科知識を教えるだけでなく、生徒たちの人間形成に深く関わることを重視しました。

特に注目されるのは、校内に「敬天塾」と名付けた私塾を開設したことです。ここで彼は、郷土の偉人である西郷隆盛の遺した精神、特に「敬天愛人」（天を敬い、人を愛する）の思想を教育の柱としました。天の道理を敬い、己の職分に忠実に努めること、そして全ての人を慈しみ愛することの大切さを説き、生徒たちの心に道徳心を育もうとしました。その誠実で熱心な教育姿勢は、当時の社会から高く評価され、岩崎行親はいつしか「福山聖人」と敬称されるようになりました。これは、彼が単なる学校長という職務を超え、地域社会においても人格者、教育の師として大きな尊敬を集めていたことを示しています。

漢詩人として

教育者として多忙な日々を送る傍ら、岩崎行親は漢詩人としても知られていました。彼の著作には、1921年（大正10年）に刊行された漢詩集『国体篇』があります。この著作は、彼の思想や時代に対する視点を漢詩という形式で表現したものであり、教育者としての硬質なイメージに加え、文人としての側面も持ち合わせていたことを示しています。詩作を通じて、自身の内面世界や哲学を表現し、後世にその足跡を残しました。

岩崎行親の生涯は、近代日本の激動期を生き、教育者として、また漢詩人として社会に貢献した軌跡です。特に福山中学校での「福山聖人」としての活動は、今日の教育においても示唆に富むものと言えるでしょう。彼は、知識の伝達だけでなく、人間性や道徳心の育成を重んじる教育の重要性を身をもって示した人物でした。

著作

『国体篇』（1921年）

参考文献

人事興信所編『人事興信録 第3版』（1911年）
* 岩崎行親『国体詩』（敬天舎、1936年）

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