岳物語

岳物語

『岳物語』（がくものがたり）は、作家・椎名誠の手による日本の私小説です。作者自身の長男である渡辺岳をモデルに、彼の保育園時代から小学校、そして中学校入学に至るまでの成長と、それを通じた父子の交流、家族生活を、父親である「私」（作者自身）の視点から描きます。1985年に集英社から正編が、1986年に続編が刊行され、椎名の私小説第一作にして代表作の一つと評価されています。後に、正・続編に改稿を加えた『定本 岳物語』（1998年）も刊行されました。

作品の成り立ち

本作は、集英社の雑誌『青春と読書』に連載された短編がもとになっています。当初は別の企画でしたが、初回に岳を主人公にした私小説が好評を得て、家族テーマのシリーズとして継続されました。単行本化の際に『岳物語』と名付けられたもので、表題作はありません。作者自身の作家転身期に書かれた作品であり、作中に岳の姉は登場しません。

主なあらすじ

物語は、東京都小平市に暮らす「私」と妻、息子「岳」を中心に展開します。

正編: 保育園児の岳は好奇心旺盛で騒動を起こす一方、両親は敢えて早期教育をせず自由奔放に育てます。小学校では勉強が苦手で問題児扱いされることもありますが、人気者です。4年生で釣りに夢中になり、父を驚かせるほどの腕前を見せます。父の友人・野田さんとのカヌー下りなどで成長し、父は自身の少年時代を回想します。旅先での岳の自立を感じる父が、シベリアからの電話で岳の転落事故を聞き動揺するも、彼の様子に苦笑する場面で締めくくられます。

続編: 小学校6年生になった岳は親離れの兆候を見せ始め、釣りなどで父を凌駕します。父子の力関係が変化し、風呂場での散髪を拒否するなど不器用ながらも自立へと向かいます。父の身辺では辛い出来事が続きますが、中学の制服を着る岳の姿に、父は亡父への思いを重ねます。春休みには友人たちと自力で釣り合宿をやり遂げ、中学入学式の日、父は少年岳との一つの時代が終わりを感じ取ります。

主な登場人物

私: 作者の椎名誠自身をモデルとした父。岳の成長に戸惑いながら自身も成長。
岳: 作者の長男・渡辺岳がモデル。自由奔放で釣りに熱中。成長と共に自立。
妻: 作者の妻・渡辺一枝がモデル。岳の自立を促す。
野田さん: カヌーイスト・野田知佑がモデル。岳にとってもう一人の父のような存在。
* ガク: 野田知佑の飼い犬。岳と同じ名前。

評価と影響

本作は累計260万部を超えるベストセラーとなり、教科書への採用や受験問題にも使用されるなど広く読まれました。特に続編の一編「風呂場の散髪」は中学国語教科書に採用され、父子の関係性の変化を描いた重要なエピソードとして知られています。作者は子育て物語という評価に意外感を表明し、友情物語としての側面も挙げています。モデルとなった息子・渡辺岳は、定本のエッセイで「岳物語の岳」として見られることへの戸惑いや、作品への複雑な思いを正直に述べています。盟友の目黒考二は、作中の「どこにでもいる父親像」への共感や、親子の関係性の底にある哀しさを作品の魅力として高く評価しています。

その後

続編を望む声があったものの、息子・岳本人の意向もあり、続編は執筆されませんでした。岳は高校卒業後、アメリカで学び、結婚を経て帰国します。その後、椎名は孫たちを題材にした『三匹のかいじゅう』などに続く私小説シリーズを執筆しており、本作は孫物語シリーズへの繋がりを持つ作品となっています。

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