巣伏の戦い

巣伏の戦い：蝦夷征討における重大な挫折

奈良時代末期、延暦8年（789年）5月下旬から末頃、古代日本の朝廷軍と胆沢の蝦夷との間で、激しい戦闘である巣伏の戦いが勃発しました。この戦いは、三十八年戦争と呼ばれる長期にわたる朝廷と蝦夷の抗争における重要な出来事の一つであり、朝廷軍の作戦の失敗と、その後の政策転換に大きな影響を与えました。

戦いの発端：征夷大将軍紀古佐美の陸奥遠征

延暦7年（788年）12月、桓武天皇より節刀を授かった征東大将軍・紀古佐美は、陸奥へと出陣しました。翌年3月、多賀城に集結した朝廷軍は、複数のルートに分かれて蝦夷領へと侵攻を開始します。古佐美の奏上によれば、朝廷軍は胆沢地方の北上川東岸に集結した蝦夷軍をまず討ち、その後盆地奥部へと侵攻する計画を立てていました。しかしながら、兵士約2～3万人を率いた副使・入間広成率いる部隊は、衣川北岸に軍営を築いた後、長期間にわたって行動を起こしませんでした。

桓武天皇の怒り：朝廷の焦燥感

古佐美からの戦況報告がないことに業を煮やした桓武天皇は、延暦8年5月、古佐美らに激怒し、出撃を強く促す勅を下しました。この頃、征東副使・佐伯葛城が病没しており、その報告も朝廷に届いたと推測されます。この葛城の死が、朝廷軍の作戦に遅延をもたらした可能性も指摘されています。

戦いの展開：朝廷軍の作戦と敗北

桓武天皇の勅を受けた古佐美は、ようやく衣川営を出発するよう命令を出しました。入間広成、池田真枚、安倍猨嶋墨縄らによって急遽策定された作戦は、北上川を渡河して蝦夷軍を攻撃するというものでした。朝廷軍は北上川の両岸を二手に分かれ、進軍を開始しました。中・後軍は北上川東岸を北上し、蝦夷軍と交戦、一方前軍は西岸を北上する予定でしたが、蝦夷軍の待ち伏せに阻まれました。

しかし、中・後軍も東の山中から現れた蝦夷軍の奇襲を受け、川と山に挟まれた窮地に陥り、総崩れを起こして壊滅的な敗北を喫しました。朝廷軍の損害は甚大で、戦死者1061名という記録が残っています。このうち溺死者が圧倒的に多く、作戦の失敗が大きな被害につながったことが分かります。作戦を立案した指揮官たちは、自ら陣頭指揮をとらなかったとされ、その責任を問われることになりました。

戦後処理と影響

巣伏の戦いにおける胆沢の蝦夷の人的被害は不明ですが、朝廷軍は14の村落を焼き討ちしました。これにより、数千人の蝦夷が住居を失ったと推測されています。奥州市水沢の遺跡からは、当時焼亡したとみられる竪穴建物跡が発見されており、巣伏の戦いの影響を示唆しています。

一方、敗戦の報を受けた古佐美は、征夷の中止を奏上しました。桓武天皇は激怒しましたが、この戦いの結果、朝廷は蝦夷征討の方針を転換せざるを得なくなりました。巣伏の戦いは、朝廷軍の作戦の拙劣さ、情報収集の不足、そして蝦夷の抵抗の激しさを浮き彫りにし、蝦夷征討の困難さを改めて認識させる結果となりました。この戦いは、三十八年戦争の戦況に大きな影響を与え、後の蝦夷征討の方針に変化をもたらした歴史的事件と言えるでしょう。

関連資料

『続日本紀』
鈴木拓也 編『三十八年戦争と蝦夷政策の転換』（吉川弘文館）
高橋崇『坂上田村麻呂』（吉川弘文館）
樋口知志『阿弖流為 夷俘と号すること莫かるべし』（ミネルヴァ書房）

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