巻町における原子力発電所の建設に関する住民投票

1996年（平成8年）8月4日に、新潟県西蒲原郡巻町（現在の新潟市西蒲区）で投開票が行われた住民投票は、同町への原子力発電所建設計画の是非を問うものでした。この投票は、日本国内で初めて常設の条例に基づき実施された住民投票として、その後の各地での住民参加のあり方に大きな影響を与えた画期的な出来事です。

計画浮上から住民投票への道のり

巻町における原発建設構想は、1969年に初めて報じられました。その後、1971年には東北電力株式会社が正式に建設計画を公表し、具体的な動きが始まります。1977年には巻町議会が原発建設に同意する決議を採択し、計画はさらに前進しました。

1981年、計画の第一歩として、第1号機の建設・運用が国の電源開発調整審議会によって国の電源開発基本計画に組み込まれることが決定されました。これを受けて、東北電力は翌1982年に原子炉設置許可の申請を行います。

しかし、計画は順調に進むばかりではありませんでした。1983年、原子炉炉心の建設予定地付近にある一部の町有地、具体的には9090.7平方メートルがまだ取得されていなかったことが判明します。この土地取得の遅れにより、国の安全審査は中断を余儀なくされ、計画は一時停滞します。

1994年の町長選挙では、この町有地の扱いが大きな争点の一つとなりました。現職の佐藤莞爾町長は、町有地の売却凍結を解除することを公約に掲げ、3期目の当選を果たします。

住民運動と条例制定

町長選挙後、原発建設に反対の立場を取りつつも、これまでの反対運動とは一線を画す、保守系の自営業者などを中心とした新たな動きが生まれました。「住民投票を実行する会」が組織され、原発建設の是非を住民自身の意思で決定するための運動が開始されました。

同年の町議会では、「巻町における原子力発電所建設についての住民投票に関する条例案」が提出されましたが、残念ながら議決されず廃案となりました。これに対し、「実行する会」は独自に「自主管理住民投票」を実施し、住民の意思を示す試みを行います。

この自主投票や住民の強い意向を受け、最終的には「巻町における原子力発電所建設についての住民投票に関する条例」が正式に制定される運びとなります。この条例に基づき、公的な住民投票の実施が決定されました。

投票結果と計画撤回

そして1996年8月4日、条例に基づく住民投票が実施されました。投票の結果、原発建設に反対する票が多数を占めることとなります。この投票結果は、当時の巻町政に極めて重い判断を迫るものでした。

町は住民の意思を尊重し、原子力発電所建設予定地のうち町が所有する土地の売却を凍結することを決定します。土地の取得が進まなければ建設計画を進めることは事実上不可能であり、この町の決定は、東北電力による巻原子力発電所建設計画の撤回へとつながりました。

この住民投票は、原子力発電所という国のエネルギー政策にも関わる巨大プロジェクトの是非が、地域の住民の直接的な意思表示によって左右されたという点で、極めて重要な事例となりました。また、常設の条例に基づく住民投票としては日本初であったことから、その後の地方自治における住民参加、特に大規模開発事業などに対する住民の意思反映の仕組みに大きな影響を与えたと言えます。巻町の住民投票は、地域の課題に対して住民自らが主体的に関わることの可能性と力を示した歴史的な出来事として記憶されています。

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