市川中車 (7代目)

七代目 市川中車（いちかわ ちゅうしゃ）

七代目市川中車は、安政7年（1860年）3月19日に生まれ、昭和11年（1936年）7月12日に没した歌舞伎役者です。明治から昭和初期にかけて、その実力で歌舞伎界に貢献しました。屋号は立花屋、定紋は大割牡丹、替紋は三升の中に八の字を用いていました。本名は橋尾 龜次郞といいます。

生涯と芸の道

京都（現在の京都市中京区）で両替商の子として生を受けた中車は、幼くして歌舞伎の世界へ足を踏み入れます。元治元年（1864年）、二代目尾上多見蔵の門下に入り、尾上常次郎の名で初舞台を踏みました。以来、子供芝居や小芝居、地方巡業などで役者としての基礎を築き、技量を磨きます。明治4年（1871年）には中山鶴五郎と改名しました。

明治8年（1875年）、東京へと移り、春木座で舞台に立つようになります。小芝居で培われた彼の演技力は次第に評判を呼び、明治12年（1879年）7月には十三代目中村勘三郎の預かりとなっていた大名跡、七代目市川八百蔵を襲名するに至ります。市川家ゆかりの名跡を継いだことが縁となり、当時の歌舞伎界の大御所であった九代目市川團十郎に招かれ、その門人となりました。九代目の薫陶を受け、彼の舞台に数多く出演することで、中車は梨園における揺るぎない地位を確立していきました。

九代目の死後、一時歌舞伎座の座頭も務めましたが、五代目中村歌右衛門、十一代目片岡仁左衛門、十五代目市村羽羽左衛門といった次世代のスター役者たちが台頭してくると、松竹に移籍しました。しかし、松竹が歌舞伎座を買収したことにより、前述の三名に次ぐ重鎮としての立場を占めることとなります。

大正7年（1918年）10月、彼は自身の芸養子である市川松尾に八代目八百蔵を襲名させます。自身は、八百蔵の俳名であった「中車」を名乗り、七代目市川中車として新たな一歩を踏み出しました。

昭和に入っても舞台に立ち続けていましたが、昭和6年（1931年）6月、大阪の中座出演中に体調を崩し、以降は療養生活を余儀なくされます。昭和10年（1935年）10月、歌舞伎座の舞台で復帰し、日蓮役を勤めましたが、これが彼の事実上の引退公演となりました。そして、昭和11年（1936年）7月12日、療養先の熱海にてその生涯を閉じました。

芸風と人物像

七代目市川中車は、名門の出ではない「門閥外」から、自身の努力と実力によって歌舞伎界の幹部役者にまで上り詰めた人物として知られています。その芸風は、師である九代目團十郎から受け継いだ、骨太で硬質な表現が特徴的でした。

特に時代物における立役（男性の主役）を得意とし、『絵本太功記』や『時今也桔梗旗揚』の武智光秀、『新薄雪物語』の幸崎伊賀守、『妹背山婦女庭訓・吉野山』の大判事清澄、『菅原伝授手習鑑』「寺子屋」の松王丸、『伊賀越道中双六』「岡崎」の幸右衛門、『ひらかな盛衰記』「逆櫓」の樋口次郎など、数多くの難役を巧みに演じました。また、男性が年配の女性を演じる老女形にも優れ、『菅原伝授手習鑑』「道明寺」における覚寿役は、後世の役者の手本となるほどの完成度を誇りました。

東西の歌舞伎に通じたその博識と、豊富な舞台経験は、関係者から非常に重宝されました。特に、相性の良い相手役を失っていた初代中村鴈治郎は、しばしば中車を相手役に指名しています。

晩年は歌舞伎界の長老として、六代目尾上菊五郎、十五代目市村羽左衛門、二代目市川左團次、十三代目片岡仁左衛門といった後進の指導にも熱心にあたりました。若き日の六代目菊五郎に対しては、その芸の未熟さを指摘するため、あえて厳しく接したエピソードが残っています。『伽羅先代萩』「対決」の舞台で、六代目の細川勝元に対し、中車が演じる仁木弾正が「恐れ入ったか」と問われた際に、小さな声で「恐れ入るもんけェ」と呟き、楽屋で大喧嘩になったこともあったといいます。しかし、時を経て両者は和解し、『摂州合邦辻』（合邦庵室）で中車が合邦を演じ、菊五郎の玉手御前につきあった際には、役の真髄を懇切丁寧に教えるなど、厚い信頼関係を築きました。

彼の著書に『中車芸話』があり、その芸談を知ることができます。墓所は、次代である八代目と同じく青山霊園にあります。ちなみに、長谷川伸の小説『足尾九兵衛の懺悔』に登場する主人公は、七代目中車の実父がモデルとされています。

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