市川團蔵 (8代目)

八代目市川團蔵：波乱に満ちた歌舞伎役者の生涯

八代目市川團蔵は、明治15年（1880年）に、七代目市川團蔵の次男として東京で誕生しました。幼くして実母と離れ、父からは厳しい芸の鍛錬を受けます。冬に庭の木に縛り付けられ、頭から水をかけられることもあったと伝えられています。

明治18年（1885年）、市川銀蔵の名で初舞台を踏むと、小学校3年生で退学し、本格的に歌舞伎役者の道を歩み始めます。明治29年（1896年）には市川茂々太郎を襲名し、子供芝居で活躍。明治41年（1908年）には四代目市川九蔵を襲名、その後初代中村吉右衛門一座に参加し、脇役として研鑽を積みました。

昭和18年（1943年）、歌舞伎座『毒茶の丹助』の丹助役で、ついに八代目市川團蔵を襲名します。『松浦の太鼓』の宝井其角、『石切梶原』の六郎太夫、『河内山』の高木小左衛門など、派手さはないものの、堅実で丁寧な演技で高い評価を得ました。

昭和40年（1965年）には勲五等双光旭日章を受章、翌年には芸術選奨を受賞。賞金は早稲田大学坪内博士記念演劇博物館に寄付されました。また、父・七代目市川團蔵についての著書『七世市川團蔵』を著し、歌舞伎研究にも貢献しています。さらに、孫にあたる九代目市川團蔵には『書写山』の鬼若の型を伝承しました。

私生活では、長男は舞踊家の三世柏木衛門、その子が九代目市川團蔵です。また、甥にあたる五代目市川九蔵を養子に迎えています。

自身を「役者は目が第一。つぎが声。わたしはこんなに目も小さい。声もよくない。体も小さい。セリフが流れるように言えない。不適格です」と評し、40歳の頃には引退を申し出たこともあったといいます。それでも舞台に立ち続け、引退の際には「『團蔵』の名の重荷を背負って生き続けた」と語っています。役者としての苦悩、舞台にかける責任感を強く感じていたことがわかります。

昭和41年（1966年）4月、歌舞伎座で引退興行を行い、『菊畑』の鬼一と『助六』の意休役を演じました。そして、長年の夢であった四国巡礼に出かけます。高齢での一人旅を周囲は心配しましたが、團蔵は「これまで生きのびてきたのも大師さんや世話してくださった人たちのおかげ。ただただ霊をなぐさめたい」と、巡礼の旅に出発しました。

巡礼を終えた後、小豆島に宿泊。大阪行きの船上で消息を絶ちました。船室に残された遺留品とメモから、播磨灘に身を投げた自殺と推測されています。遺体は発見されていません。東京に残された家族には、遺書とも取れる手紙が送られていました。巡礼の途中、新聞記者に取材を受けた際、「お大師さんと二人だから途中で死ぬようなことがあっても少しもさびしくありません」「客のことばかり気にしなければならない役者か業を思い出したくないので、だれにも会いません」と語っていたといいます。

辞世の句は「我死なば　香典うけな　通夜もせず　迷惑かけず　さらば地獄へ」。東京都台東区谷中の天王寺墓地に眠ります。

團蔵の死は、三島由紀夫や網野菊、戸板康二など、多くの文筆家によって追悼され、その生涯と死は、今もなお語り継がれています。その人生は、歌舞伎役者としての成功と苦悩、そして、自由を求めた壮絶な最期という、複雑でドラマチックな物語として、後世に語り継がれることでしょう。

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