帚木 (源氏物語)

『源氏物語』帚木：17歳の光源氏と忘れられない恋の始まり

『源氏物語』五十四帖中、第二帖にあたる「帚木」は、物語の序盤を彩る重要な巻です。前巻「桐壺」に続く物語ですが、時間的には数年後を描いており、光源氏の青年期における心情や行動を克明に表現しています。「桐壺」巻と「帚木」巻の間には、「輝く日の宮」という巻があったとする説もあり、物語全体の構成を考える上で興味深い点です。

巻名の由来

巻名は、光源氏と空蝉が詠んだ和歌に由来します。作中における具体的な和歌は、「帚木の心をしらでその原の道にあやなくまどひぬるかな」「数ならぬ伏屋に生ふる名のうさにあるにもあらず消ゆる帚木」です。これらの和歌が、物語の主題である儚い恋や、女性の複雑な心情を象徴的に表現しています。

光源氏の年齢：年立をめぐる議論

「帚木」巻において、光源氏の年齢は本文中に明記されていません。「藤裏葉」巻に至るまで、源氏の年齢は明かされず、後世の研究者によって様々な解釈がなされてきました。この年齢推定は「年立」と呼ばれ、特に有名なのは本居宣長の「新年立」と一条兼良の「旧年立」です。「新年立」では光源氏の年齢を17歳、「旧年立」では16歳としています。他にも15歳説や19歳説など、複数の説が存在しており、物語研究における重要な論点となっています。

あらすじ：雨夜の品定めと空蝉との出会い

光源氏17歳の夏の物語。ある五月雨の夜、光源氏の邸には頭中将、左馬頭、藤式部丞らが集まり、女性についての議論を交わします。この場面は「雨夜の品定め」として知られ、それぞれの男性が自身の経験に基づいた女性観を語ります。

左馬頭は妻選びの苦労を語り、嫉妬深い女や浮気な女のエピソードを披露します。そして、理想の女性像として、謙虚で良識のある女性を挙げます。頭中将は中流階級の女性を理想とし、自身の過去の恋愛経験から、内縁の妻への想いを語ります。この内縁の妻こそ、後に「夕顔」巻で重要な役割を果たす夕顔であり、彼女との間に生まれた娘が玉鬘です。藤式部丞は博学な女性との交際経験を語り、その女性との間にあった様々な出来事をユーモラスに語ります。

これらの議論の後、源氏は方違えのため紀伊守の屋敷を訪れます。そこで源氏は、雨夜の品定めで話題にのぼった中流階級の女性、空蝉と出会います。空蝉の美しさに心を奪われた源氏は、深夜に彼女の部屋に忍び込み、一夜を共にします。

しかし、この出会いは、源氏にとって忘れられない恋の始まりとなる一方、空蝉にとっては容易に受け入れられるものではありませんでした。源氏は空蝉への想いを募らせ、彼女の弟である小君を近侍として自分の元に迎え入れようとします。しかし、小君を通じて送られた源氏の文は空蝉によって拒絶され、源氏は空蝉の冷淡な態度に戸惑いを隠せません。『竹取物語』のかぐや姫になぞらえ、その気品と遠ざかる態度に、源氏の恋心をより一層掻き立てていきます。

「帚木」巻は、光源氏の青年期の恋愛模様を描いた、美しくも切ない物語の始まりを象徴する巻といえるでしょう。この巻以降の物語展開に繋がる重要な伏線も多く含まれており、細部に渡って読み解くことで、物語全体の深みが増していきます。

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