帝紀

帝紀（ていき）とは

帝紀とは、古代日本の天皇および皇室の系譜を記録した書物、またはその分野を指します。特に、『古事記』や『日本書紀』（記紀）が編纂される以前に存在したとされる、日本の歴史書の一つとして知られています。

概要

帝紀は、『旧辞』と共に記紀の編纂における基本史料になったと考えられていますが、残念ながら古くに散逸し、現在その内容を知ることはできません。

681年（天武天皇10年）に天武天皇の勅命により、天智天皇の二人の皇子である川島皇子と忍壁皇子が編纂に着手し、皇室の系譜に関する伝承を記録したと伝えられています。歴代天皇の家族関係、在位年数、生没年、陵墓の所在地といった基本的なデータに加え、各天皇の治世における出来事が、口承で伝えられていたものが記されたと考えられています。

一般的に、『帝紀』の内容は皇統譜であると考えられています。しかし、『古事記』の中・下巻を指すという説、特定の書物を指すのではなく皇室の系譜の伝承を記した書物全般を帝紀と呼ぶとする説、書物になっていない天皇の系譜に関する伝承も帝紀と呼ばれるとの説、『帝紀』『旧辞』は別々の書物ではなく一体のものだったとする説など、異説も数多く存在します。

また、『帝紀』は一般に以下のものと同じものであると考えられています。

『古事記』序文に書かれている『帝皇日嗣』、『先紀』
『日本書紀』欽明天皇2年3月条に記載がある『帝王本紀』
『日本書紀』持統天皇2年11月条に記載がある「古くは『日嗣』と呼ばれた」との注釈がついた「皇祖等之登極次第」
『正倉院文書』にある『帝紀日本書』や『日本帝紀』
* 『日本書紀私記甲本』にある『帝王記』

ただし、「年紀」を意味する「紀」の文字を含む『帝紀』『帝王本紀』『先紀』と、「紀」の文字を含まない『日嗣』等は分けて考えるべきだとする説もあります。また、一定の条件を満たす複数の書物ないしは文書の総称である普通名詞としての「帝紀」と、特定の時点で編纂された特定の書物を示す固有名詞としての『帝紀』は明確に区別すべきだとする説もあります。さらに、ほとんどの場合に『帝紀』と『旧辞』が並記されることなどから、これらは組み合わせることを前提にしており、二つの史書を組み合わせた日本独自の歴史叙述の形態が存在する可能性も指摘されています。

一方、古代天皇の称号には、居住した宮の名や陵墓の所在地を冠して呼ぶことがあり、このことから関西大学の薗田香融は、帝紀とは単なる系図ではなく、「陵墓の所在地と陵墓名も記載され、そこに亡くなった年代・年齢も記されていたもの」と推測しています。東京大学の井上光貞も同様の考えを示しています。

いずれにしても、『帝紀』が重要視されていたことは、天武天皇の殯宮において帝皇日嗣が読み上げられたことからも明らかです。

考証

埼玉県行田市の稲荷山古墳から出土した鉄剣の銘には、ワカタケル（雄略天皇）に「杖刀人首」として仕えたヲワケの始祖であるオホヒコに始まる八代の系譜が記されていました。このオホヒコは、崇神天皇の四道将軍の一人である「大彦命」のことと考えられており、このことは5世紀後半の雄略天皇の時代に、崇神天皇から雄略天皇に至る王統譜、後の「帝紀」に発展する「原帝紀」とも言うべきものが存在していたことを示唆していると言われています。

また、「釈日本紀」「上宮記」の逸文には、『古事記』『日本書紀』の本文には見られない応神天皇から継体天皇までの系譜が記されています。この系譜は、用字法から『記紀』よりも古い推古朝のものと判断されており、『記紀』とは別に各王族が独自に作成した系譜が存在していた可能性を示唆しています。

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