平新艇事件

平新艇事件：北朝鮮漁船の亡命と国際的な波紋

1966年、北朝鮮の漁船が亡命を求めて日本に密航した「平新艇事件」は、国際的な政治問題へと発展しました。この事件は、単なる密航事件にとどまらず、当時の朝鮮半島の南北対立を背景に、日本国内にも大きな影響を与えました。以下に、事件の詳細と影響について解説します。

事件の概要

1966年9月7日、北朝鮮の新義州水産事業所所属の底引き網漁船「平新艇4-034号」（以下、平新艇）は、僚船とともに黄海に出漁しました。平新艇には、水産高校生4名を含む20名が乗船していました。北朝鮮の漁船は民兵組織としての側面も持ち、武装していました。

9月13日、平新艇は僚船とはぐれました。かねてから共産主義に反感を抱いていた副船長ら4名は、日本への亡命を計画しており、この機会を利用して反乱を起こしました。彼らは船長や党の係員など7人を射殺し、他の9人を船室に監禁しました。その後、韓国の済州島近海で韓国漁船を襲撃し、日本近海の海図を強奪、日本に向けて航行を開始しました。

日本への入港と逮捕

平新艇は海上保安庁に発見されることなく、9月17日に山口県下関市の岸壁に接岸し、下関海上保安署に自首しました。海上保安庁が船内を捜索したところ、船長室は血まみれで、ソ連製の自動小銃や軽機関銃、大量の弾薬が発見されました。これにより、海上保安庁は乗員を密入国と銃刀法違反の容疑で逮捕しました。

亡命を企てた動機として、首謀者の一人は、親日的であるとして兄弟が北朝鮮政府に処刑されたと主張しました。また、副船長の親族が下関の韓国領事館に勤務していたこと、甲板員の一人が北京出身の中国人であったことなどが背景にありました。

国際問題化と政治的判断

事件発生後、北朝鮮は直ちに船員と船体の引き渡しを要求しました。一方、韓国政府も乗員13人の自由意志を尊重するように求め、特に首謀者4人の身柄引き取りを強く希望しました。当時、韓国は北朝鮮からの亡命者を「帰順勇士」と呼び、手厚く保護していました。

平新艇の反乱は公海上で発生したため、国際法上は「旗国主義」により北朝鮮に裁判権があるとされましたが、日本政府は北朝鮮を未承認国家としていました。また、殺人事件を起こした上に海賊行為まで行っていたという事実から、日本政府は政治的判断を迫られました。

さらに、朝鮮総連や日本社会党は北朝鮮への送還を要求し、事態は複雑化しました。法務省は、首謀者4人の亡命を認めず、強制退去処分としましたが、どの国に強制退去させるかが問題となりました。9月20日、4人が韓国への亡命を希望したため、韓国政府は警備艇を派遣しましたが、海上保安庁に阻止されました。

最終的に、日本政府は首謀者4人を韓国へ、残りの9人と船体をソ連の仲介で北朝鮮へ引き渡す決定を下しました。

移送

9月28日、首謀者4人は福岡空港から大韓航空の特別機で韓国へ移送されました。この移送は、朝鮮総連による抗議活動と韓国民団による歓迎活動が同時に行われ、朝鮮半島の南北対立が日本で繰り広げられる形となりました。韓国では、4人は歓迎され、住居や金銭、仕事が提供されました。

残りの9人は横浜に移送され、10月3日にソ連の貨客船でナホトカに向けて出発しました。9人はソ連経由で10月15日に北朝鮮の新義州に到着し、平新艇の船体は10月24日にソ連に引き渡され、11月に北朝鮮に帰還しました。

事件の影響

テレビドラマへの影響

この事件は、フジテレビの人気ドラマ『若者たち』にも影響を与えました。9月23日に放送予定だった第33話「さよなら」は、在日朝鮮人をテーマにしたものでしたが、日韓関係が微妙になっている状況を考慮し、放送中止となりました。さらに、9月30日の第34話を最後に番組そのものが打ち切りとなりました。後に、第33話はDVD-BOXに収録され、劇場版も製作されました。

北朝鮮の実態

当時の朝日新聞の記事によれば、この事件を通じて、韓国では北朝鮮が「楽園」ではなく、恐怖政治によって人々が抑圧されていることが証明されたと捉えられました。平新艇の乗員が韓国ではなく日本に向かったのは、南（韓国）に行けば殺されるというデマを信じていたためでした。しかし、北朝鮮の実情が日本社会に広く知られるようになるのは、この事件から数十年後のことでした。

まとめ

平新艇事件は、北朝鮮漁船の亡命という出来事が、国際的な政治問題、国内のテレビ番組、そして人々の認識にまで大きな影響を与えた事例です。この事件を通じて、当時の朝鮮半島の南北対立の深刻さや、北朝鮮の実情が一部ながらも明らかになりました。この事件は、歴史的な視点からも重要な意味を持つ出来事と言えるでしょう。

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