幻中類林

鎌倉時代の『源氏物語』注釈書『幻中類林』：謎に包まれた著者と貴重な内容

『幻中類林』は、鎌倉時代の文永年間(1264年から1274年)頃に成立したと推測される『源氏物語』の注釈書です。河内流以外の注釈書は非常に少なく、その存在は『源氏物語』注釈史、ひいては『源氏物語』の受容史を考える上で極めて貴重な資料と言えます。

謎の著者「華洛非人桑門了悟」

著者は「華洛非人桑門了悟」とされていますが、その人物についてはほとんど分かっていません。都生まれの出家した公家であり、13世紀半ばから後半にかけて活躍した人物であることは、本書の内容から推測できます。

研究者の中には、この「華洛非人桑門了悟」を九条基家ではないかと推測する声もあります。九条基家は、この人物像と符合する経歴を持つ公家でした。しかし、確実な証拠はなく、依然として謎に包まれています。

「華洛非人桑門了悟」がどのような人物だったのか、その素性を解き明かすことは、今後の研究課題と言えるでしょう。

『幻中類林』の内容と特徴

現存するのは、天理大学付属天理図書館に所蔵されている若菜上から幻までを収録した巻物1冊のみです。この巻物から、本書は桐壺から夢浮橋までの全54帖を6巻か7巻にわたって注釈した大規模な注釈書であったと推測されています。

その注釈数は約900に上ると推定され、『奥入』の約2倍、『紫明抄』の約3分の1に相当します。注釈の内容は、他の旧注時代の注釈書と同様に、引歌の考証に重点が置かれていますが、『奥入』に比べて有職故実に関する注釈が充実している点が特徴です。これは、『幻中類林』の成立時期が平安時代からさらに離れていたため、より詳細な説明が必要になったからだと考えられます。

『更級日記』に言及する箇所や、当時の人物や出来事への言及から、本書の成立年代は1250年代から1280年代と推定されます。

関連資料『光源氏物語本事』

『幻中類林』から『源氏物語』の写本や本文に関する記述を抜き出したと見られる『光源氏物語本事』が存在します。島原松平文庫蔵本と高田市立図書館蔵本の2つの写本が確認されており、『幻中類林』を理解する上で重要な補足資料となっています。

『幻中類林』の研究史と今後の課題

『幻中類林』は、現存する資料が少なく、その内容についても未解明な部分が多く残されています。しかし、鎌倉時代の『源氏物語』研究を知る上で貴重な資料であることは間違いありません。

今後の研究においては、現存する唯一の写本の詳細な分析、関連資料の調査、そして「華洛非人桑門了悟」という謎の人物の素性解明が重要な課題となります。これらの研究を通じて、『幻中類林』が持つ『源氏物語』研究史における意義をより深く理解することが期待されます。

参考文献

伊井春樹編『源氏物語 注釈書・享受史事典』（東京堂出版、2001年）
今井源衛編『源氏物語とその周縁』（和泉書院、1989年）
* 今井源衛「了悟『光源氏物語本事』について」（『国語と国文学』第38巻第11号、1961年）

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