広島針

広島針（ひろしまはり）は、広島県で製造されている針のことで、広島県針工業協同組合によって管理されている地域団体商標です。その高品質と多様性で知られ、日本の手芸文化を支える重要な役割を果たしています。

概要

広島針は、一般的に手縫い針の国内生産量の9割を占めると言われています。広島県針工業協同組合の資料によると、縫い針においては国内シェア100%、待ち針においては97%と、国内トップのシェアを誇ります。家庭用ミシン針においても49%で2位につけています。1日の生産量は約75万本にも及び、その73%が海外へ輸出されています。多種多様な分野の針を製造しており、その技術力の高さが伺えます。

特筆すべきは、手打針製作の職人である小島清子氏が、その卓越した技術によって国の選定保存技術保持者に選ばれている点です。これは広島県内では初の選定であり、広島針の伝統と技術が国に認められた証と言えるでしょう。

組合には2017年時点で7社が加盟しており、そのほとんどが広島市を中心とした広島県西部の太田川水系流域に点在しています。

沿革

江戸時代

広島における針の製造は、約300年前、1700年代に広島藩主の浅野氏が長崎から針職人の木屋治左衛門を連れてきたことに始まります。木屋治左衛門は当初古江に住んでいましたが、広島城下から遠かったため己斐に移り住み、弟子を育成しながら針作りを始めました。生活の糧として、下級武士たちが内職として針の製造を学んだことから、鷹匠町・小姓町・水玉町（現在の広島市中区）などでも針の製造が盛んになりました。江戸時代には既に分業制が確立し、町ごとに異なる作業を担当していました。文政元年（1818年）の記録には、広島城下に6人の縫い針職人がいたことが記されています。

当時の生産の中心は広島藩の北部であったという説もあります。中国山地ではたたら製鉄が盛んであり、そこで生産された鉄を使って農民が副業として針を製造していました。その鉄が広島城下に流れ込み、そこでも針の製造が行われるようになったのです。芸北山県郡では文政10年（1828年）時点で11軒の針金鍛冶屋があり、そのうち6軒が新庄（現在の北広島町）にありました。たたら製鉄を営み、山県郡の割庄屋でもあった加計隅屋が総取締を務めていたと言われています。備北では天保年間（1831年-1845年）に「三次御場所」で針の製造が行われていました。

天保12年（1841年）には、広島藩が針金の専売制を開始しました。幕末には飯室村（現在の安佐北区）でも「針金御場所」ができ、針の製造が行われていました。

製造された針は「みすや針」という京都産のブランド名で包装され、京都や大阪の関西方面の問屋に卸され、全国に販売されました。富山、京都、兵庫などと並び、国内有数の産地となりましたが、広島産としてではなく、他の有名な産地のブランド名で売られていたため、広島ブランドとしてはマイナーな存在でした。しかし、明治初年の時点では、広島産が最も流通していたとされています。

近代

明治時代に入り、転機が訪れます。1881年（明治14年）頃から、イギリスやドイツで機械生産された安価で高品質なメリケン針（洋針）が輸入されるようになり、国内の製針業者は対応を迫られました。1893年（明治26年）頃、京都で針製造の株式会社が設立され、ドイツ製の製針機械を導入しましたが、間もなく廃業に追い込まれました。

広島では、1896年（明治29年）に安佐郡三篠町（現在の西区）の中田製針所の中田和一郎が京都から製針機械を導入しましたが、動力や機械の故障、手作業による職人との連携など、様々な問題が発生しました。中田は試行錯誤を重ね、1900年（明治33年）にドイツ製の機械を導入し、手工業的な製針から動力式機械製針へと移行しました。この動力式機械の導入は、広島市内の産業において初の試みでした。明治末期には、広島で国産の製針機械の製作に成功し、他の業者も導入したことで、広島針は増産され、流通するようになりました。他産地に先駆けて機械化を進めたことが、広島針の発展に大きく貢献しました。

1914年（大正3年）に第一次世界大戦が勃発すると、ヨーロッパ、特にドイツ、イギリス、ベルギー産の針がアジア市場、特に中国に入ってこなくなり、代わりに日本産の針の需要が高まり、価格が高騰しました。いわゆる大正バブルです。当時、中国市場の8割を日本産が供給していたと言われています。中国市場に地理的に近い広島では、この時から輸出向けの製品生産に着手しました。1917年（大正6年）には、製品の品質向上を目指して広島縫針製造同業組合を設立し、大正バブルのピーク時である1918年（大正7年）には、現在の西区を中心に200を超える工場が立ち並び、中国、インド、東南アジア、欧米にも輸出していました。

過剰生産気味だったところに、1918年に第一次世界大戦が終結し、1920年（大正9年）に戦後恐慌が到来すると、製針業界は大きな打撃を受けました。広島でも多くの業者が淘汰されましたが、1921年（大正10年）に県営縫針検査所を開設し、それまで組合主導で行われていた検査を県主導で行うことで、品質低下を防ぎ、規格統一や未検査品の海外輸出差し止めなど、広島針の品質管理を徹底しました。その結果、広島針は市場で高い評価を得て、生産量を回復していきました。1937年（昭和12年）の資料では、縫い針の生産額で国内シェア95%に達していたとされています。

現代

1945年（昭和20年）の広島市への原子爆弾投下により、広島針の製造業は壊滅的な被害を受けました。広島平和記念資料館には、原爆の熱線で溶けて塊となった針の束が展示されています。しかし、焦土と化した広島で、2、3年後には40社あまりが操業を再開し、高度経済成長とともに売り上げを伸ばし、国内有数の産地として復活を遂げました。

1970年代以降は円高の影響で下り坂となり、中国からの安価な輸入品との競争により、徐々に停滞していきました。製造メーカーは減少し、新たな商品の開発や針製造技術を活かした新たな分野への開拓を進めています。

海外市場を意識した生産にも取り組んでいます。2009年からは広島商工会議所が差別化ブランド化事業「世界へ進出『NUIBALI』エルゴノミクスプロジェクト」を立ち上げ、中小企業庁JAPANブランド育成支援事業として国のサポートを受けながら海外市場開拓を行っています。

文化

針のめぐみ塔

1979年に広島市中央公園に針の像を実現する会によって建立された像です。

競技用ボール

現在の通説では、たたら製鉄から広島針が生まれ、縫い針とゴム製造が結びついて、モルテンやミカサといった世界的なスポーツ競技用ボールメーカーが生まれたとされています。針工業協同組合や主要な針メーカーの創業地、そしてモルテン・ミカサの創業地は、広島市西区に集中しています。

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