加計隅屋

加計隅屋（かけすみや）

加計隅屋は、現在の広島県山県郡安芸太田町加計を拠点とした、江戸時代に隆盛を極めた商家であり、同時に広大な土地を所有する地主でもありました。屋号を「隅屋」と称し、当主は代々「八右衛門」を名跡として受け継ぎました。本姓は佐々木氏で、明治時代以降は「加計」を名字としています。

たたら製鉄と隆盛

加計隅屋は、江戸時代において、奥出雲の御三家と並び称されるほどの中国地方を代表するたたら製鉄の鉄師でした。最盛期には西日本最大の製鉄業者であったとも言われています。安芸国北部から石見国にかけて広範囲に鉄山を開発し、生産された鉄は広島城下から大阪へと運ばれました。

沿革

隅屋の家伝である『加計万乗』によると、その祖先は隠岐守護の佐々木氏に遡ります。佐々木清高の子である富貴丸五郎が、佐々木氏の没落後、家臣に守られ隠岐を脱出し、各地を転々とした末に安芸加計村に土着したと伝えられています。当初は農耕に従事し、加計村の開拓に貢献しました。その後、佐々木久盛・正信親子が寺尾山で銀を採掘しましたが、出水のため一時中断。後に排水に成功し銀を採掘しましたが、再び出水に見舞われ銀の採掘を諦めました。同時期に鉄山経営を開始。慶安4年（1651年）には加計村本郷に移り、銀鉱で得た資本を元に町を形成しました。万治3年（1660年）には、加計市町割の際に新町二軒口を買い取り、「隅屋」の屋号を掲げました。これが鉄師隅屋八右衛門の誕生です。

当初は広島藩内の一鉄師に過ぎませんでしたが、次第に勢力を拡大し、藩の鉄師取締役を務めるまでになりました。鉄は広島城下から大阪へと運ばれ、また、加計村の庄屋をはじめ、郡内の重役を歴任し、地域における重鎮となりました。寛政2年（1790年）には「他所向苗字永々御免」、文化11年（1814年）には「苗字帯刀御免」を許され、佐々木姓を名乗ることが許されました。江戸後期の『芸藩通志』には、隅屋佐々木家に関する記述があります。

最盛期と多角経営

隅屋佐々木家としての最盛期は19世紀前半の文化文政時代で、その時点で複数の鈩（たたら場）、鍛冶屋、広島城下と大阪に出店、大阪通船や川船、多数の牛馬、酒造所、土蔵、多くの使用人を抱え、巨大な鉄師としてだけでなく、酒造や地主としても多角的な経営を行っていました。鉄山は江戸期を通して最大25箇所開発したとされています。その経済力は広島、浜田、津和野の3藩に影響力をもつほどでした。しかし、経営は常に順風満帆ではなく、一時休業を申請したこともありました。

嘉永6年（1853年）には、広島藩内の鉄山業が藩営によって統括されることとなり、隅屋の鉄山業は終焉を迎えました。明治時代以降は「加計」を名乗り、廃藩置県後に藩営となっていた施設が返却されましたが、経営がうまくいかず、明治12年（1879年）に鉄山業から撤退しました。明治32年（1899年）には加計銀行を設立しましたが、第一次世界大戦後の不況で芸備銀行（現広島銀行）に吸収合併されました。現在、加計家（隅屋）が経営する会社としては日新林業があります。

家業

たたら製鉄

山県郡の製鉄遺構としては、11世紀に操業していたとされる大矢遺跡が最古のものです。隅屋以前から鉄山業は行われていました。『加計万乗』には、寛永19年（1642年）に隅屋に鍛冶屋が存在し、貞享4年（1685年）に広島藩営の鈩が隅屋に譲渡されたことが記されています。このことから、遅くとも貞享・元禄年間には、隅屋は鈩と鍛冶屋の両方を備えた鉄師であったと考えられます。広島藩は鉄師に営業札を与え、鉄師はそれに対して運上金を支払うことで、藩から管理・保護を受けていました。

山県郡の鉄師は、原料となる砂鉄を求めて、広島藩内だけでなく、石見国（島根県西部）にも足を延ばしました。これは、寛永5年（1628年）以降、広島藩が太田川上流域での鉄穴流しを禁止したため、山陰側の砂鉄が良質だったこと、また浜田藩や津和野藩の管理・保護が緩かったことなどが理由として挙げられます。

隅屋の製鉄方法は、鈩で主に銑鉄を生産し、それを鍛冶屋で錬鉄にして出荷するという銑押し法でした。鈩は、燃料となる木材を使い尽くすと、他の場所に移るという方法が取られました。鍛冶屋は鈩に併設されることが多く、製鉄労働者が居住する地区を「山内」と呼びました。隅屋の場合、鈩1軒、鍛冶屋2軒で山内に300～400人ほどの人が住んでいたと言われています。山県郡の鈩や鍛冶屋の中心地は、隅屋の居村である加計村ではなく、その西隣の戸河内村でした。

物流

中国山地で生産された鉄は、鉄師から仲買、船問屋、大阪の鉄仲買、そして各地の問屋、小鍛冶屋を経て消費者の手に渡りました。隅屋の場合は、自前の輸送手段で大阪に運んでいました。隅屋は多くの牛馬を所有しており、それらは農耕用や物資の陸上輸送に利用されていました。18世紀以降、隅屋は陸路の開発を進め、鉄穴への道や石見からの鉄を運ぶための道を整備しました。また、太田川水運にも着目し、川船を所有し鉄を広島城下まで運び、さらに海船で大阪へと輸送していました。自前の船で輸送する鉄師は全国的に見ても大手のみでした。

石見の中小規模の鉄師も、加計の川船を使って太田川から広島経由で大阪に鉄を運びました。18世紀中頃には、各地で鉄加工業が発達し、加計から大阪への運搬途中で、鉄の取引が行われるようになりました。現在まで残る産業としては、安佐北区の可部鋳物、西区の広島針、福山市鞆の船具などが挙げられます。

加計は鉄以外にも様々な物資が集まる商業拠点となり、村には市が立ちました。石見広島街道を要人が通る際には、隅屋八右衛門が接待し送迎したと言われています。

動向

隅屋の鉄売捌数の動向を見ると、正徳2年（1712年）に藩による専売制が解かれ、嘉永6年（1853年）に藩営化されるまでの間、自由な取引が行われていました。広島の鉄山業は、当初備後地方が中心でしたが、18世紀頃に山県郡がそれに並ぶ規模になりました。隅屋では18世紀後半には、大阪の鉄問屋からの前借りがなくなり、自己資金で運営できるようになりました。田沼時代に鉄座が設けられたことで一時的に経営が悪化しましたが、寛政の改革で鉄座が廃止されたことで回復しました。その後、「高殿」という鈩の技術革新によって生産量が増加しました。しかし、鉄価格の下落、藩内でのインフレ、石見での良質な砂鉄の枯渇などにより、経営は不安定になり、休業を申請したり、藩営化されることとなりました。

隅屋は、鉄山経営の拡大に伴い、土地集積を進め、農業、林業、金融業など多角的な経営を行いましたが、幕末には鉄山経営の不振から、土地や山林を売却せざるを得なくなりました。

その他

広島藩には「為替米」制度というものがありました。これは、村が年貢米を藩ではなく鉄師に納め、鉄師がその代金を藩に納めるという制度です。村は年貢の負担が減り、鉄師は労働者の食料を確保でき、藩は米を領内に留めて年貢相当の金を得ることができました。山県郡では、米は育つものの、小麦や木綿、大豆などはあまり育たなかったため、為替米として鉄師に納め、農閑期にはたたら製鉄の仕事で稼いでいました。

また、太田川水運での米の運搬は禁止されており、代わりに藩の御用荷物や、木材、薪、炭、紙などの商品産物が運ばれていました。その一つとして、たたらで生まれた鉄を用いた針があり、広島針は広島城下で作られていましたが、山県郡の方が生産量は多かったようです。

さらに、隅屋は酒造業も行っていました。酒株を買い取ったことで酒造業を開始し、順調に造石高を増やしていきました。

文化

隅屋が所有していたたたら製鉄に関する文章や史料、山県郡を中心とした地方史料は「加計隅屋文書」として広島大学に寄贈されており、日本の鉱山史において重要な資料となっています。

代表的な文化財

紙本著色隅屋鉄山絵巻：江戸時代後期の狩野派佐々木古仙斉が描いたと推定される絵巻。たたら製鉄の様子を写実的に描いています。
水ヶ迫鑪所図絵：同じく古仙斉作と推定される、石見地方のたたらを描いた絵。
吉水園：16代当主佐々木正任が建設した山荘。回遊式庭園で、モリアオガエルが生息する場所としても知られています。
松落葉集：15代当主佐々木正封が編纂した、山県郡の景勝地を紹介する書。三段峡を最初に紹介した書としても知られています。
夏目漱石と鈴木三重吉関連：22代当主加計正文は漱石門下であり、三重吉の友人でした。漱石の談話と三重吉の『潮来節』が録音されたろう管レコードも残されています。漱石の小説『それから』の登場人物のモデルが正文であるとも言われています。
日新林業加計出張所：旧加計銀行/旧芸備銀行加計支店として建てられた、国の登録有形文化財。

人物

歴代当主は代々「八右衛門」を襲名しました。本姓は佐々木、明治以降は加計を名乗りました。資料によっては、加計家、佐々木家、隅屋佐々木家、加計佐々木家など、表記が混在しています。

主な人物

佐々木富貴丸五郎
佐々木久盛
佐々木正信
佐々木正封（15代）
佐々木正任（16代）
佐々木正一（17代）
加計正文（22代）
加計慎太郎（23代）
加計正弘（24代）

備考

加計という地名は、「懸（かけ）」が由来です。太田川の急な曲がりでできた崖を意味します。また、交通の要地であったことから「船かけ」が由来とする説もあります。隅屋の屋号や氏が加計の地名になったという風説がありますが、隅屋の本姓は佐々木であるため、その説は誤りです。

環境

国土交通省の資料では、鉄穴流しは広島デルタ形成の要因の一つとされていますが、それは隅屋が鉄山業を始める以前のことです。広島藩では太田川流域での鉄穴流しを禁止していたため、江戸時代・明治時代の土砂流出量は出雲と比べて少ないと推定されています。

鉄穴流しによって地形が変化し、砂鉄が周辺の鉄師や加計に運ばれた例としては、邑南町の於保知盆地（矢上盆地）や、浜田市の都川・室谷の棚田があります。

その他

『もののけ姫』は中世が舞台ですが、実際のたたら製鉄は中世末期から近世に活発化した製造法です。映画の描写と現実のたたら製鉄には異なる点が多くあります。

参考文献

山﨑一郎 (2009年). “基調講演中国山地でのたたら製鉄”. 太田川アクティブアーチ.
山﨑一郎 (2009年). “基調講演中国山地でのたたら製鉄資料”. 太田川アクティブアーチ.
“日新林業「三段峡たたらの森」森林吸収源・生物多様性等調査報告書・証明書”. フォレストック協会 (2015年).
濵田敏彦「近世後期における一豪農の「家訓」：安芸国山県郡加計村佐々木八右衛門家の事例」『広島経済大学創立四十周年記念論文集』、広島経済大学、2007年10月、1071-1098頁
赤木祥彦 (1984). “鈩製鉄の地理学的諸問題”. 地理科学 (地理科学学会) 39 (2): 72-86.