広島電鉄650形電車

広島電鉄650形電車：被爆を乗り越え、平和を繋ぐ路面電車

1942年、広島電鉄は新たな路面電車として650形電車を導入しました。木南車輌製造で製造された5両の車両は、半鋼製ボギー車という当時としては近代的な構造を有していました。車体はノーシル・ノーヘッダ、窓配置はC3-D4D4D、扉は両端が1枚引戸、中央が両開扉という設計で、客用窓は2段式となっていました。内装は木造ニス塗りで美しく整備され、客用扉や窓枠も木製という、細部に至るまで丁寧に作られた車両でした。

制御方式は直接制御式で、両端の運転台にKR-8形制御器を搭載。制動装置は直通制動のSM-3を採用していました。台車はブリル77Eを装着していましたが、その製造元については諸説あります。戦時中の製造ということもあり、中古品を調達した可能性も指摘されています。いずれにせよ、現在では希少なブリル系台車の現役車両として、貴重な存在です。

650形は、当時の広島電鉄において最大級の輸送能力を誇る車両でした。しかし、1945年8月6日、広島市への原子爆弾投下により、全車が被爆しました。その結果、全車が焼損あるいは全半壊という甚大な被害を受けました。

しかし、驚くべきことに、651～654の4両は翌年3月までに修復され、再び運行に復帰を果たしました。一方、被害が大きかった655号は、車体を新製した上で1948年11月に営業運転に復帰しました。この際、700形（初代）に似た張り上げ屋根と埋め込み式前照灯を採用した、新しいデザインとなっています。1953年には低床化改造も行われています。

655号は1967年1月25日、大型トラックとの衝突事故により廃車となりましたが、残る4両は1975年にワンマン化改造、1982年には方向幕の電動大型化、1986年には冷房化が行われるなど、何度も更新改造を受けています。これにより、同時期に登場した他の車両よりも長く運用されることになりました。

高度経済成長期を経て、大型連接車の導入や高性能車の登場により、650形は徐々に予備車扱いとなっていきました。2006年6月26日のダイヤ改正をもって、653号と654号が定期運用を離脱しました。653号は除籍されずに平和学習などに活用されることになり、654号は広島市交通科学館に寄贈されて屋外保存展示されています。現在も651号と652号の2両が、主に平日の朝ラッシュ時に運行されています。集電装置は、登場時はビューゲルでしたが、その後Zパンタグラフに換装され、近年はシングルアームパンタグラフに更新されました。

650形は、単なる路面電車ではありません。被爆電車として、その歴史的価値は非常に高く、平和学習の教材として活用されています。毎年8月6日には、原爆ドーム前電停に原爆投下時刻である午前8時15分に到達する運行ダイヤが組まれています。また、貸切電車として、平和学習団体などに広く利用されています。2015年には、中国放送（RCC）による「被爆電車特別運行プロジェクト」で、653号が特別運行されました。このプロジェクトは、被爆者の方々の証言などを車内モニターで放映しながら広島市内を運行し、多くの人々に平和へのメッセージを届けました。

650形電車は、広島の歴史、そして平和への願いを乗せて走り続ける、かけがえのない存在です。その歴史と役割は、未来へ語り継がれていくでしょう。

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