広沢菊春

浪曲の名跡 広沢菊春

広沢菊春は、浪曲において代々受け継がれる由緒ある名跡です。この名を継いだのは、初代広沢菊春と二代目広沢菊春という、それぞれが時代の寵児ともいうべき活躍を見せた二人の浪曲師でした。

初代 広沢菊春

初代広沢菊春（1884年3月24日 - 1948年8月27日）は、本名を佐々木善三郎といい、京都の生まれです。幼い頃から音曲に親しみ、兵役を終えた後、24歳となった1910年の冬、広沢国丸の紹介で初代広沢菊路に弟子入りしました。初代広沢菊路は、初代広沢虎吉の系譜に連なる人物です。初代菊春は、節回しにおいては初代京山小円の長所を取り入れ、一方、会話の運びは師である菊路の呼吸法を学んだとされています。

1911年に真打に昇進して独立すると、一座を率いる座長として関西地方で人気を博し、宮川松安と共にその名を馳せました。二代目吉田奈良丸の後に続き、各地の劇場を巡業。北海道からの帰阪後、大阪の道頓堀弁天座での興行では8日間にわたり連日満席の盛況となりました。また、神戸相生座に出演中には、伏見宮家や出羽重遠といった貴顕の御前で浪曲を披露する栄誉に浴しています。国内だけでなく、中国や満州、朝鮮半島にまでその活躍の場を広げました。

特に特筆されるのは、1917年に大阪から浪曲師として初めて海を渡りアメリカ合衆国で公演を行ったことです。東京の浅草国技館では、東家楽遊と名を並べる「割看板」として10日間興行を行い、その人気の高さを証明しました。得意とした演目は、「佐倉義民伝」、「一休」、そして「義士伝」といった古典的な物語でした。

晩年は鳥取県米子市で過ごし、65歳でその生涯を終えました。墓所は京都市北区にある光念寺にあり、法号は明岸善達禅定門位とされています。妻は曲師として夫を支えた広沢小富。二代目菊春、そして天龍三郎は実の子にあたります。

二代目 広沢菊春

二代目広沢菊春（1914年3月10日 - 1964年4月15日）は、本名を佐々木 勇といい、初代の息子として大阪府に生まれました。落語と浪曲を融合させた独自の「落語浪曲」で、浪曲界における異才として知られています。一般の浪曲師が多く所属する浪曲協会ではなく、落語芸術協会に所属していました。登場する際の出囃子は「小鍛冶」です。

父である初代の芸を間近に見ながら育ち、実弟には天龍三郎がいます。15歳で「フラフラ節」で有名だった岡本玉治に弟子入り。17歳で上京し、三代目早川燕平の門下に入りました。大阪に戻ってからは父である初代に師事し、広沢小菊春と名乗ります。その後、梅中軒鶯童の門下で現童を名乗り、満を持して二代目広沢菊春を襲名しました。襲名後は本格的に東京へと拠点を移し、吉本興業に所属して活動を展開しました。

二代目の舞台は、従来の浪曲の形式とは一線を画すものでした。出囃子に乗って登場し、座布団に正座して口演するというスタイルは、浪曲としては非常に珍しいものでした。浪曲の演目を落語風にアレンジしたり、逆に落語を浪曲に乗せたりと、新しい表現に次々と挑戦。また、自身で筆をとった新作浪曲も手掛けました。作家としての筆名は池上勇です。

将来を嘱望されながらも、残念ながら咽頭ガンのため若くして亡くなりました。得意とした演目には、「左甚五郎」、「佐々木小次郎」、「姿三四郎」などがあります。

弟子たち

二代目の門下からは、浪曲師の澤孝子、民謡歌手の藤本春駒、そして歌手の津田耕治（1953年 - 2023年4月30日、愛知県出身）といった多様な分野で活躍する弟子が育っています。

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