式場精神病院火災

1955年（昭和30年）6月18日未明、千葉県市川市国府台町（現在の国府台地区）に位置していた式場精神病院で発生した火災は、当時の精神科医療施設における安全性の問題点を浮き彫りにした痛ましい事故として記録されています。

式場精神病院について

この病院は、1936年（昭和11年）に精神科医である式場隆三郎によって設立されました。式場隆三郎は、医学だけでなく文学や芸術にも造詣が深く、その知見を活かして精神分析的な観点から芸術家の評伝を著すなど、文化人としても広く知られていました。また、知的障害児施設「八幡学園」の顧問として、ちぎり紙作家の山下清の才能を見出し、その活動を支援したことでも知られています。

式場精神病院は、当時としては先進的な取り組みを行う病院として評価されていました。特に注目されたのは、院内に設けられた広大なバラ園です。造園家・飯島亮が設計したこのバラ園は、患者たちの心を和ませるために作られ、創設者の式場隆三郎自身もバラに深く関心を寄せていました。1950年頃には千葉県で初めてのバラ園として整備され、バラの世話などを通じて患者の治療を促す「バラ療法」という作業療法が導入されていました。現在も、病院の跡地を含む場所にはバラ園があり、100種500株のバラが育てられています。

火災の発生と経過

火災は、1955年 6月18日午前1時7分ごろに発生しました。第1病棟に入院していた患者が、用便のためにトイレに行った際に天井から火が出ているのを発見し、大声で当直の看護婦に知らせました。通報を受けた看護婦2人は、バケツに水を汲んで初期消火を試みましたが、火の勢いは衰えませんでした。

初期消火が不可能と判断されると、看護婦は非常ベルを鳴らして別の棟にいた当直医に火災を知らせました。非常ベルを聞きつけた当直医や他の看護婦、さらには近隣の住民も駆けつけ、入院患者の救出に奔走しました。

しかし、精神病院という特殊な性質上、患者の安全確保や外部からの侵入防止のために、病棟の窓や出入口、非常口は施錠されており、鍵がなければ開けることができませんでした。火災発生と同時に電気系統が被熱によって停電したこともあり、暗闇と混乱の中で、施錠された扉は患者の避難を極めて困難にしました。

消防署が火災を認知したのは午前1時24分で、遠方の望楼からの発見でした。病院から消防への正式な通報はその2分後と遅れました。消防隊が現場に到着した時には、木造の病棟3棟はすでに手の施しようがない状態でした。火は勢いよく燃え広がり、最終的に4棟の病棟が全焼しました。火災は約1時間後の午前2時ごろにようやく鎮火しましたが、この火災により、懸命な救出活動もむなしく、18人の入院患者が犠牲となりました。

被害拡大の要因と教訓

この式場精神病院火災で被害が甚大となった要因は、複数指摘されています。

まず、建物が燃えやすい老朽化した木造構造であったこと。次に、院内に設置されていた消火器や屋内消火栓といった消火設備が、初期消火の段階で効果的に使用されなかったこと。また、消防機関への通報が遅れたことも、被害拡大につながったと考えられます。

そして最も悲劇的な要因として挙げられるのが、精神病院という特性から、病棟の窓や出入口、非常口が患者の脱走防止などの目的で施錠されており、内部から容易に開けられない構造になっていたことです。実際、多くの犠牲者が、開けられることのなかった非常口の前で発見されています。

この火災は、医療施設、特に精神科病院における防火対策や避難計画の重要性を痛感させる出来事となりました。職員に対する消火訓練の励行、火災発生時の迅速な消防への通報、そして何よりも、患者の状況に応じた適切な避難誘導方法の確立が、この惨事から得られた重要な教訓とされています。

その後の病院

痛ましい火災の後、式場精神病院は再建されました。現在も医療法人式場病院として、精神科医療の提供を続けています。この火災の教訓は、今日の医療施設における安全管理体制に活かされています。

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