弟子 (小説)

弟子（ていし）

中島敦によって著された短編小説。古代中国の思想家である孔子と、彼の最も身近な弟子の一人であった仲由（子路）との関係性を中心に描かれた作品です。発表されたのは中島が亡くなった後の昭和18年（1943年）2月で、文芸誌『中央公論』に掲載されました。脱稿自体は前年の6月には済んでいたとされています。

作品の内容

この小説は、子路が孔子の門下に入って儒学を学び始めた頃から、彼が衛という国で起きた政変に巻き込まれて壮絶な最期を遂げるまでの生涯をたどります。物語の根幹にあるのは、情熱的で裏表のない子路の生来の気質と、彼が深く傾倒した孔子の教え、すなわち儒学との間にあるギャップが生み出す葛藤です。

子路は学問を通じて自己を修めようと懸命に努力しますが、そのまっすぐすぎる性格ゆえに、時に儒学の求める規範や慎重さとの間に苦悩を覚えます。しかし、物語は単なる内省の記録にとどまりません。師である孔子が、時に厳しく叱りながらも、その本質を見抜き、深く慈しんでいた様子が、温かい筆致で描かれています。孔子と子路の間に流れる師弟を超えた人間的な愛情と信頼が、作品に情感豊かな奥行きを与えています。

物語の終盤では、子路が仕えていた衛での内乱により命を落とす場面が描かれます。そして、子路が非業の死を遂げた後に、遺体が塩漬けにされたという悲報を聞いた孔子が、自らも塩を断って弟子の死を深く悼む姿が描かれ、読者に強い感銘を与えます。

子路の飾り気のない、ある種の不器用さをも含む人間的な性格描写は、作者である中島敦の伯父、中島斗南（号：斗南先生）をモデルにしているという見方があります。中島斗南自身もまた、個性的で情熱的な人物として知られており、その影響が作品に反映されている可能性が指摘されています。

主な収録書籍

本作は、中島敦の代表作の一つとして、様々な形で出版されています。以下に主な収録書籍を挙げます。

『李陵』〈文學新輯4〉（小山書店、1946年2月）
「李陵」とともに収録。
『山月記・李陵 他九篇』（岩波文庫、1994年7月）
「李陵」「山月記」などの代表作に加え、子路のモデルとされる中島斗南を扱った「斗南先生」も収録されています。
『李陵・山月記』（新潮文庫、2003年12月）
「山月記」「李陵」とともに収録。注解が付されています。

これらの書籍を通じて、現代でも多くの読者が『弟子』に触れることができます。

参考文献・関連事項

作品をより深く理解するための参考文献や、関連する中島敦の作品として「牛人」（同時代を舞台にした掌編）などが挙げられます。

また、インターネット上では、青空文庫にて『弟子』の全文が公開されており、手軽に読むことが可能です。

中島敦の『弟子』は、『論語』の世界を単なる古典としてではなく、登場人物たちの生身の苦悩や感情を通して描き出し、時代を超えて人々の心に響く人間ドラマとして昇華させた作品と言えるでしょう。

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