弦楽四重奏曲 (エルガー)

エドワード・エルガーが手がけた室内楽曲の中でも、晩年の円熟期に生み出された重要な作品の一つに『弦楽四重奏曲ホ短調 作品83』があります。

この作品は、作曲家が1918年にヴァイオリンソナタ ホ短調 作品82を完成させた直後、同時期に筆を執ったピアノ五重奏曲イ短調 作品84と並行して作曲作業が進められました。ピアノ五重奏曲は翌1919年まで完成を待つことになりましたが、弦楽四重奏曲の方は比較的速やかに、1918年の年末には楽譜が書き上げられています。

興味深いことに、エルガーはこれより十年以上も前の1907年頃にも、一度弦楽四重奏曲の構想を抱いたことがありました。しかし、当時は彼にとって大作となる交響曲第1番の作曲が優先されたため、その初期の計画は具体的な形になることなく見送られました。そして、1918年に彼が再び弦楽四重奏という編成に向き合った時、それはかつての未完の構想とは全く異なる、新しい音楽として生まれることになったのです。

『弦楽四重奏曲ホ短調 作品83』の公式な初演は、完成から約半年後の1919年5月21日に、ロンドンの由緒あるウィグモア・ホールにて行われました。この記念すべきコンサートでは、エルガーが同時期に完成させたもう一つの室内楽作品、ピアノ五重奏曲も同時に披露されました。両作品の初演を担ったのは、当時のイギリス音楽界を代表する錚々たる顔ぶれの演奏家たちでした。具体的には、第1ヴァイオリンをアルバート・サモンズ、第2ヴァイオリンをW.H.リード、ヴィオラをレイモンド・ジェレミー、そしてチェロをフェリックス・サルモンドが務め、彼らの手によってこの新たな傑作が世に送り出されたのです。

本作は全三楽章で構成されており、全体の演奏時間はおよそ30分程度と、エルガーの室内楽曲としては規模の大きな部類に入ります。各楽章にはそれぞれ以下の速度記号が付されています。

第1楽章 Allegro moderato
第2楽章 Piacevole (Poco Andante)
* 第3楽章 Allegro molto

特に、第2楽章は本作の中でも特筆すべき美しさを持っています。この楽章は、作曲家の妻であるキャロライン・アリスに深く愛されました。彼女がこの世を去った際には、追悼の意を込めてこの第2楽章が演奏されたという、感動的なエピソードが伝えられています。この事実は、作品、特にこの楽章がエルガー夫妻にとってどれほど個人的に大切な意味を持っていたかを物語っています。

この弦楽四重奏曲は、エルガーの晩年期における円熟した作曲技法と、内省的ながらも豊かな情感が見事に融合した作品と言えます。オーケストラ作品の壮大さとは異なる、弦楽四重奏という親密な編成ならではの繊細な表現力を活かしており、エルガーの知られざる一面を示す作品として高く評価されています。特に第2楽章の穏やかで抒情的なメロディーは、聴く者に深い感動を与えます。エルガーの室内楽作品を論じる上で、このホ短調の弦楽四重奏曲は決して避けて通ることのできない、重要な位置を占める作品です。

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