弦楽四重奏曲第16番 (モーツァルト)

ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトの数ある弦楽四重奏曲の中でも、特に重要な位置を占めるのが、彼が敬愛する作曲家フランツ・ヨーゼフ・ハイドンへ捧げた全6曲からなる傑作群、通称「ハイドン・セット」です。このセットに含まれる一曲が、1783年頃にウィーンで作曲された弦楽四重奏曲第16番 変ホ長調 K. 428 (421b) です。モーツァルトはこれらの作品を通じて、ハイドンが確立した弦楽四重奏曲の様式と深く向き合い、自身の音楽語法をさらに発展させました。

この第16番がいつ完成したかについては、残念ながら正確な日付は特定されていません。これは、モーツァルトが自身の作品を体系的に記録し始めた「自作テーマ目録」の作成が、この曲が書かれた後に開始されたためです。しかし、楽譜の筆跡や様式、そして他の作品との関連性から、先行する弦楽四重奏曲第15番 変ロ長調 (K. 421) とほぼ同じ時期、具体的には1783年の6月から7月にかけて作曲されたと考えられています。さらに、楽譜用紙の詳細な分析を行った音楽学者アラン・タイソンは、第15番よりもむしろこの第16番の方が先に書かれた可能性も示唆しており、作曲の順序については複数の研究結果が存在します。

「ハイドン・セット」全体の中では、この第16番は一般的に3番目に完成した作品と見なされています。しかし、モーツァルト自身の手による楽譜（自筆譜）や、後にルードヴィヒ・フォン・ケッヘルが編纂した初期の決定版ともいえる作品全集（旧ケッヘル番号）では、この曲はセットの中の4番目の曲として記載されていました。こうした旧来の番号付けを踏まえ、現在広く使われている新モーツァルト全集においても、「ハイドン・セット」の3曲目には弦楽四重奏曲第17番 変ロ長調 K. 458 「狩」が置かれ、この第16番（K. 428）は4曲目として配置されています。このように、作品の完成順と、後世の全集における収録順や番号付けに違いが見られる点は、この作品の興味深い側面の一つと言えるでしょう。

本作品は、古典派弦楽四重奏曲の標準的な構成である4つの楽章で書かれています。全曲を通しての演奏時間は、演奏者や解釈によって異なりますが、およそ25分から28分程度となります。

各楽章の構成は以下の通りです。

第1楽章：アレグロ・ノン・トロッポ。変ホ長調、2分の2拍子（アラ・ブレーヴェ）で書かれたソナタ形式の楽章です。内省的で落ち着いた雰囲気の中に、時折翳りも見せるような表情が特徴です。
第2楽章：アンダンテ・コン・モート。変イ長調、8分の6拍子によるソナタ形式の楽章です。深く感情に訴えかけるような美しい旋律が展開されます。
第3楽章：メヌエット：アレグレット - トリオ。変ホ長調、4分の3拍子。古典的なメヌエットの形式に基づきながらも、優雅で洗練された音楽が繰り広げられます。
第4楽章：アレグロ・ヴィヴァーチェ。変ホ長調、4分の2拍子によるロンド風ソナタ形式で構成された終楽章です。活気に満ちた楽想が全体を支配し、華やかに曲を締めくくります。

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