弦楽四重奏曲第2番 (シューベルト)

弦楽四重奏曲第2番 ハ長調 D 32

作曲背景と再発見の経緯

フランツ・シューベルトが1812年に作曲した弦楽四重奏曲第2番 ハ長調 D 32は、その完成後、長らく人々の前から姿を消していたという数奇な運命を辿った作品です。シューベルトがこの曲を書き上げたのは1812年の9月30日とされていますが、残念ながら彼の生前に発表される機会はありませんでした。シューベルトが世を去った後、1830年頃のこと、ウィーンの著名な楽譜出版業者であったアントニオ・ディアベリは、作曲家の兄フェルディナントから、シューベルトが遺した膨大な数の未出版作品の自筆譜をまとめて買い取りました。その中に、この弦楽四重奏曲の楽譜も含まれていたと考えられています。

しかし、ディアベリはこの作品を出版することなく、楽譜は彼の後継者たちの手に渡った後に、いつしか所在が分からなくなってしまいました。こうして、この弦楽四重奏曲は「紛失作品」として扱われることになったのです。

それから約60年後の1890年、いわゆる旧シューベルト全集が刊行される運びとなりました。この全集に本作品を収めるにあたり、失われたと思われていた楽譜の捜索が行われましたが、この時点で見つかったのは第1楽章、メヌエット楽章とそのトリオ、そして終楽章の後半部分のみでした。楽譜の断片から、当時の研究者はこの曲が5楽章構成であった可能性を示唆しました。

しかし、さらに時を経て1950年代初頭、スウェーデンのマルメに住む領事、オットー・タウシヒ氏の個人コレクションの中から、この作品のものと思われる手書きの楽譜断片が発見されました。それは、かつて所在不明となっていた第3楽章と、5楽章説における第5楽章の前半部分に相当するものでした。この重要な発見を受けて、イギリスの音楽学者モーリス・ブラウンは、シューベルト作品研究の権威であるオットー・エーリヒ・ドイチュの協力を得ながら詳細な調査を行いました。その結果、これらの断片が確かに弦楽四重奏曲第2番に属するものであると特定されたのです。

また、調査の過程で、未完成のまま残されていたハ長調のアンダンテ楽章が発見されましたが、これはシューベルト自身が構想としては残しつつも、最終的には作品に採用しなかったものであることが判明しました。このことから、シューベルトは伝統的な4楽章構成の弦楽四重奏曲としてこの作品を完成させる意図があったことが改めて確認され、1890年当時の5楽章説は否定されることとなりました。

タウシヒ氏のもとで発見された楽譜断片は、1954年12月にようやく出版に至ります。そして、失われた楽章を含む完全な4楽章構成での初めての公開演奏は、翌1955年12月23日、ロンドンのBBCが主催するコンサートにおいて、エオリアン弦楽四重奏団によって行われ、この作品は約140年の時を経て日の目を見ることとなったのです。

楽曲構成と特徴

この弦楽四重奏曲は全4楽章からなり、演奏時間は約21分程度です。先行する弦楽四重奏曲第1番（D 18）と比較すると、メロディやフレーズの流れはより滑らかさを増している一方で、四つの楽器が対等に絡み合う四重奏としての書法には、まだ発展途上の側面が見られます。しかし、第1番ではほとんど見られなかった、異なる楽章間で共通する主題素材を用いることで作品全体を統一しようとする萌芽が見られる点は注目に値します。また、楽章間の調性関係も、第1番に比べてより緊密に構成されています。

各楽章は以下の通りです。

第1楽章 プレスト - ハ長調、8分の6拍子。
冒頭に現れる主題は、上昇音階的な動きが特徴的です。この楽章には、対比をなす明確な第2主題は置かれておらず、展開部における主題操作の技法もまだ古典派の様式から脱却しきれていない未熟さが散見されます。

第2楽章 アンダンテ - イ短調、8分の6拍子。
軽やかでありながら、どこか感傷的な抒情性を帯びた楽章です。冒頭主題の素材は、後に作曲される交響曲第1番（D 82）の第2楽章主題と共通する要素が見られます。

第3楽章 メヌエット：アレグロ - トリオ - ハ長調 - ヘ長調、4分の3拍子、複合三部形式。
アレグロの指定がありますが、ベートーヴェンのようなスケルツォ的な力強さはまだ少なく、モーツァルトなど、より古典派の作曲家からの影響が感じられます。トリオ部分はヘ長調となります。

第4楽章 アレグロ・コン・スピリート - ハ短調 - ハ長調、4分の3拍子。
この終楽章では、主題の展開に若いシューベルトの創意工夫が見られます。楽章を構成する素材のほとんどが、提示部のわずか8小節の中から導き出されています。終盤はハ長調で力強く締めくくられます。

この作品は、シューベルトがまだ15歳という若さで作曲したものであり、初期作品における探求や試行錯誤、そして後に開花する彼の豊かな楽才の片鱗をうかがい知ることができる貴重な楽曲と言えるでしょう。

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