弦楽四重奏曲第21番 (モーツァルト)

ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト

弦楽四重奏曲第21番 ニ長調 K. 575

ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトによって1789年に作曲された弦楽四重奏曲第21番は、ニ長調、ケッヘル番号575が付されています。この作品は、後に『プロシャ王セット』と呼ばれることになる全3曲の弦楽四重奏曲集の冒頭を飾るものであり、『プロシャ王第1番』とも称されます。

楽曲の背景

モーツァルト自身の作品目録によれば、この楽曲は1789年6月4日にウィーンで完成されました。彼は1786年に弦楽四重奏曲第20番『ホフマイスター』（K. 499）を手掛けて以来、しばらくこのジャンルから離れていました。1789年4月からの約2ヶ月間、パトロンの一人であるカール・アロイス・フォン・リヒノフスキー侯爵に同行してドイツ各地を旅行した際、ベルリンの宮廷でプロイセン王妃フリーデリケの前で演奏を披露したと伝えられています。この機会に、国王フリードリヒ・ヴィルヘルム2世から、6曲の弦楽四重奏曲と、王女フリーデリケ・シャルロッテのための6曲のピアノソナタの作曲を依頼された、という説が広く知られています。

しかしながら、プロイセン側の公式な記録や、当時のモーツァルトの手紙、新聞記事などからは、この作曲依頼に関する明確な記述は一切見つかっていません。このため、音楽学者メイナード・ソロモンをはじめとする一部の研究者は、モーツァルトが主張したとされるこの依頼の真偽について疑問を呈しています。

モーツァルトはウィーンに戻ると、間もなく本作を完成させました。続く弦楽四重奏曲にも着手しましたが、一時的に作曲は中断され、そのまま約1年の歳月が流れます。翌1790年に再びこの仕事に取り組みますが、結局完成したのは本作を含めた3曲（第22番 K. 589、第23番 K. 590）にとどまり、当初の依頼（とされる）6曲には至りませんでした。

完成したこれら3曲は、妻コンスタンツェの湯治費用を捻出するため、モーツァルトは出版社のアルタリア社に安価で売却せざるを得ませんでした。楽譜はモーツァルトの没後間もない1791年12月28日にアルタリア社から出版され、後に『プロシャ王セット』として広く知られることになります（ただし、初版には献呈の辞は含まれていませんでした）。

このように、『プロシャ王セット』、特にこの第21番に関しては、その作曲に至る具体的な経緯や背景について、未だ多くの謎が残されています。

楽曲の構成

本楽曲は全4楽章で構成されており、全曲の演奏時間は約23分です。全体を通して、特にチェロパートに重点が置かれ、他の弦楽器と同等、あるいはそれ以上に扱われている点が大きな特徴となっています。

第1楽章：アレグレット
ニ長調、2分の2拍子（アラ・ブレーヴェ）、ソナタ形式。冒頭に現れる主題は極めてシンプルで、モーツァルトの初期の弦楽四重奏曲である第2番（K. 155）の冒頭主題との類似性が指摘されるほどです。

第2楽章：アンダンテ
イ長調、4分の3拍子、二部形式。この楽章の旋律には、モーツァルトが作曲した歌曲『すみれ』（K. 476）を想起させる要素が含まれていることで知られています。彼の晩年の作品にしばしば見られるような、静かで内省的な雰囲気を感じさせる楽章です。

第3楽章：メヌエット：アレグレット - トリオ
ニ長調、4分の3拍子。快活で明るい性格を持つメヌエットと、対照的なトリオから成ります。

第4楽章：アレグレット
ニ長調、2分の2拍子（アラ・ブレーヴェ）、ロンド形式。この楽章は、伝統的なロンド形式からかなり変形された、自由な構成で書かれています。

モーツァルトが限られた数しか完成させなかった『プロシャ王セット』の最初の1曲として、そのユニークな背景とチェロへの特別な配慮は、彼の晩年の弦楽四重奏曲作品群の中でも特異な位置を占めています。

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