弦楽四重奏曲第78番 (ハイドン)

ハイドン：弦楽四重奏曲第78番 変ロ長調 作品76-4 Hob. III:78 『日の出』

フランツ・ヨーゼフ・ハイドン（Franz Joseph Haydn, 1732-1809） によって1797年に完成された弦楽四重奏曲。ハイドンが生涯にわたって数多く作曲した弦楽四重奏曲の中でも、特に後期の傑作として知られる作品の一つである。ホーボーケン番号（Hob.）ではHob. III:78が付与されている。出版された楽譜の番号では作品76の第4曲にあたり、偽作や編曲作品を除いた真作としては第63番目に位置付けられる。

本作は、ハイドンが1796年から1797年にかけて作曲し、当時の有力な音楽愛好家であったヨゼフ・エルデーディ伯爵に献呈された全6曲からなる弦楽四重奏曲集、すなわち作品76の一部を構成するものである。この作品集は『エルデーディ四重奏曲』の愛称で知られており、本作はその中の第4曲であるため、『エルデーディ四重奏曲第4番』と呼ばれることもある。

しかし、この楽曲が一般的に最も広く認識されているのは、その印象的な愛称 『日の出』四重奏曲（ドイツ語: Sonnenaufgangsquartett） によるものであろう。この愛称は、楽曲全体ではなく、特に第1楽章の導入部分に由来している。冒頭で第一ヴァイオリンが静かに、しかし力強く上昇していく音型を繰り返す主題が提示されるが、この旋律線が地平線からゆっくりと昇り始める太陽の光景を強く連想させることから、この名で呼ばれるようになった。この視覚的なイメージと結びついた愛称は、楽曲の親しみやすさを高める要因となっている。

楽曲は標準的な全4楽章構成であり、全体の演奏時間はおよそ20分程度である。各楽章は異なる性格を持ちながらも、全体として統一感のある構成美を見せている。ハイドン晩年の熟練した作曲技法と、豊かな音楽的発想が遺憾なく発揮された作品と言える。

曲の構成

各楽章の概要は以下の通りである。

1. 第1楽章：アレグロ・コン・スピーリト (Allegro con spirito)
変ロ長調、4分の4拍子、ソナタ形式。
「スピリットをもって、活気をもって」という意味の指示が示す通り、生命力に満ちた楽章。冒頭の「日の出」主題に続き、活発な主要主題が登場する。提示部、展開部、再現部を持つ典型的なソナタ形式に従いつつも、主題の扱いにはハイドンらしい創意工夫が見られる。

2. 第2楽章：アダージョ (Adagio)
変ホ長調、4分の3拍子、ソナタ形式。
「ゆるやかに」という意味の指示による緩徐楽章。深い抒情性を湛えた美しい旋律が特徴。静かで内省的な雰囲気の中で、旋律楽器間の対話が繊細に繰り広げられる。ハイドンの情感豊かな表現力が際立つ楽章である。

3. 第3楽章：メヌエット：アレグロ - トリオ (Menuet: Allegro - Trio)
変ロ長調、4分の3拍子、複合三部形式。
舞曲楽章であり、「速く」演奏されるメヌエット主部と、中間部のトリオからなる。メヌエット主部は力強いリズムと明確な構成を持ち、それに対してトリオはより穏やかで滑らかな旋律を特徴とする。ABA形式で、主部、トリオ、主部（通常反復なし）と進む。

4. 第4楽章：フィナーレ：アレグロ・マ・ノン・トロッポ (Finale: Allegro ma non troppo)
変ロ長調、2分の2拍子（アラ・ブレーヴェ）、三部形式。
「速く、しかし速すぎずに」という指示による終楽章。軽快でリズミカルな主題が、作品を華やかに締めくくる。三部形式ではあるが、各部がソナタ形式的な要素を持つなど、形式的な面白さも併せ持つ。全体を通して快活な性格を持ち、ハイドン特有のユーモアや機知が感じられる楽章である。

『日の出』四重奏曲は、その構成的な完成度と、特に第1楽章の印象的な主題による分かりやすさから、ハイドンの弦楽四重奏曲の中でも広く親しまれており、古典派の弦楽四重奏曲を代表する名曲の一つとして今日でも頻繁に演奏されている。ハイドンが切り開いた弦楽四重奏曲のジャンルにおける、晩年の円熟した到達点を示す作品と言えるだろう。

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