張夫人 (前秦)

張夫人：苻堅に愛された賢女、その生涯と悲劇

張夫人（生年不詳 - 385年）は、五胡十六国時代の前秦の君主、苻堅に寵愛された女性です。彼女は聡明で、物事の本質を見抜く才知に長けており、苻堅からの信頼は非常に厚いものでした。

苻堅への諫言と淝水の戦い

382年、苻堅が東晋征伐を計画した際、多くの臣下がその無謀さを諫めましたが、苻堅は聞き入れませんでした。張夫人は、天の時、地の利、人の和のいずれもが揃っていない状況での出兵は বিপদであると、歴史上の事例を引用しながら苻堅を説得しようとしました。

彼女は、天は民の声に耳を傾け、王者は天道と人心に従うべきであると主張しました。そして、近年頻発する不吉な出来事を引き合いに出し、出兵は不祥であると訴えました。しかし、苻堅は「軍事は婦人の預り知るところではない」と一蹴し、彼女の言葉に耳を傾けませんでした。

383年、苻堅はついに東晋征伐を決行します。張夫人は従軍を願い出ますが、その夜、苻堅は不吉な夢を見ます。城内に葵が生える夢、そして大地が東南に傾く夢でした。苻堅が夢の内容を張夫人に尋ねると、彼女は「遠征は困難を招き、江東を平定することはできないでしょう」と答えましたが、苻堅は聞き入れませんでした。

総勢100万とも言われる大軍を率いて江南へ侵攻した苻堅でしたが、淝水の戦いで東晋軍に歴史的大敗を喫し、中華統一の夢は打ち砕かれました。この大敗により、前秦に服属していた諸部族が次々と反旗を翻し、前秦は崩壊へと向かいます。敗戦後、苻堅は張夫人に「朕が朝臣の諫言を聞いていれば、このようなことにはならなかった。天下に顔向けできない」と嘆き悲しんだと言われています。

苻堅との逃避行と死

384年、元前燕の皇族であった慕容沖が西燕を興し、長安を包囲します。385年、苻堅は長安を放棄して五将山へ逃れ、張夫人もこれに付き従いました。しかし、苻堅は後秦の君主、姚萇に捕らえられ、新平へ送還されます。

苻堅は姚萇に殺されることを悟り、張夫人に対し「羌奴（姚萇）に我が子を辱められるのは耐えられない」と告げ、自らの手で愛娘の苻宝と苻錦を殺害しました。その後、苻堅は姚萇によって殺害され、張夫人もまた後を追うように自害しました。

張夫人は、苻堅の寵愛を受けただけでなく、政治的な見識も持ち合わせた賢女でした。彼女の諫言は聞き入れられませんでしたが、その言葉は淝水の戦いの結果を予見していたと言えるでしょう。彼女の悲劇的な最期は、前秦の滅亡を象徴しているかのようです。

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