淝水の戦い

淝水の戦い：中国史における転換点

淝水の戦い（ひすいのたたかい）は、五胡十六国時代の383年に、華北を席巻した前秦と江南の東晋が激突した戦いです。淝水（現在の安徽省淮南市寿県の南東）を舞台に行われ、中国の歴史を大きく左右する結果となりました。

戦いの背景

華北では、後趙の瓦解後、氐族が建てた前秦が台頭。苻堅は宰相王猛の補佐を得て、周辺国を次々と滅ぼし、華北を統一しました。前秦は社会が安定し、人口も増加、高句麗や新羅からも朝貢を受けるなど、全盛期を迎えます。

苻堅は民族融和を理想とし、鮮卑族を関中に移住させるなど、民族間の融和を図りました。また、王猛のように、民族を問わず人材を積極的に登用しました。しかし、王猛は民族対立の根深さを憂慮し、東晋との戦いの危険性を苻堅に説いていました。

王猛の死後、苻堅は東晋攻略を決意。373年には蜀を併呑し、378年には襄陽を攻め落とします。しかし、東晋も謝玄率いる北府軍が反撃し、前秦軍を淮水以北まで押し戻しました。

東晋の内部事情

東晋では、桓温の死後、謝安と桓沖が兵権を掌握。謝安は、謝玄を将軍に任命し、劉牢之らを参謀に登用して北府軍を創設しました。しかし、兵力は前秦軍の半分にも満たない8万ほどでした。

謝玄が出陣前に謝安に軍略を尋ねますが、謝安は具体的な指示を与えませんでした。桓沖が援軍を送ろうとしますが、謝安はこれを断ります。謝安の態度に対し、桓沖は東晋の未来を悲観しました。史書では、謝安の態度は周囲を安心させるためであったとされていますが、真意は不明です。

前秦の内部事情

382年、苻堅は東晋討伐を群臣に諮ります。多くの臣下が反対する中、慕容垂のみが賛意を示し、苻堅を喜びます。しかし、慕容垂は内心で自らの復興を企てていました。

兵力で圧倒的に優位な前秦でしたが、苻堅の天下統一の野望と、東晋の現実的な脅威が、開戦へと向かわせます。

淝水の戦いの勃発

383年5月、前秦軍南下の情報を得た東晋は、桓沖に襄陽を、楊亮に蜀を攻撃させます。前秦はこれを食い止めました。

8月、苻堅は苻融、慕容垂らに25万の軍を預け先鋒とし、自らは歩兵60万余、騎兵27万という大軍を率いて長安を出発しました。前秦軍は寿春を陥落させ、洛澗に駐屯します。

東晋の謝安は、謝石と謝玄に7万の兵を与え洛澗を攻撃させ、梁成を討ち取りました。東晋軍は淝水に進み、前秦軍も寿春に集結し、両軍は対峙します。

苻堅は朱序を使者として送り降伏を勧告しますが、朱序は東晋軍に前秦軍の弱点を伝えます。謝石は劉牢之に前衛部隊を攻撃させ、勝利しました。

淝水の戦いの展開

この敗戦で苻堅は東晋軍の強さを悟り、恐れを抱きます。謝玄が「渡河して戦おう」と誘いをかけ、苻堅は自軍を少し引かせることで相手を誘い込み、東晋軍が河を渡りかけたところを撃つ作戦を立てます。

しかし、前秦軍の兵士は後退を退却と勘違いし、朱序が「負けた、退却だ！」と叫んだため、総崩れとなります。苻堅は流れ矢に当たり負傷し、慕容垂に保護され長安に帰還しました。前秦軍は7割から8割が死傷するという大敗を喫しました。

戦後

東晋は、この勝利でしばらく安定・全盛期を迎えますが、謝安の死後、衰退していきます。

前秦は、この敗戦で統制力を失い、華北は再び戦乱の時代となります。慕容垂は後燕を、姚萇は後秦を建国し、前秦は滅亡へと向かいます。

歴史的意義

雷海宗は、淝水の戦いを中国史の転換点と位置づけました。前秦が勝利していれば、中国の歴史は大きく変わっていた可能性があり、東晋の勝利によって、中国文化は外来文化を取り込みながら発展していくことになったと主張しました。

淝水の戦いは、中国史における重要な戦いであり、その後の歴史に大きな影響を与えたと言えるでしょう。

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