張鉄生

張鉄生（ちょうてっせい、1950年 - ）は、中華人民共和国の政治家であり、文化大革命期にその特異な行動によって歴史に名を刻んだ人物です。特に1973年の大学入試における「白紙答案」事件は、当時の社会状況を象徴する出来事として広く知られています。

労農兵学生と白紙答案

1968年、文化大革命の波の中で、張鉄生は知識青年として遼寧省の白塔人民公社棗山大隊へ「下放」され、農村での労働に従事しました。当時の中国では、文化大革命の影響で大学入学試験（高考）が一時中断されていましたが、1973年になって「労農兵学生」を選抜するための試験が再開されました。これは、長期間の労働経験を持つ労働者、農民、兵士を優先的に大学に入学させる制度でした。

張鉄生もこの機会を得て受験に挑みましたが、特に物理や化学の試験ではほとんど解答できず、わずか6点という結果に終わりました。しかし、彼は単に成績が悪かっただけでなく、その答案用紙の裏面に長文の主張を書き記しました。彼は、自身が日々の厳しい農業生産に心血を注いだ結果、学業のための時間を十分に確保できなかったと弁解しました。さらに、当時の試験内容が知識の暗記に偏りすぎており、これは実際の労働に従事している大衆が大学へ進む道を閉ざすものである、と強く批判したのです。

「反潮流」の英雄へ

この張鉄生の答案は、当時の政治情勢の中で注目されることとなりました。特に、文化大革命を主導した「四人組」に近い立場にあり、当時遼寧省党委員会書記を務めていた毛沢東の甥、毛遠新は、この答案を政治的に利用することを画策しました。彼は、この答案が当時の周恩来らが推し進めていた教育思想、すなわち知識や専門性を重視する傾向を批判するための格好の材料になると見抜いたのです。

毛遠新の指示により、張鉄生の答案は「深く考えさせられる答案」という見出しとともに、まず地方紙である遼寧日報に掲載され、続いて全国紙である人民日報にも転載されました。これにより、張鉄生は一躍全国的な有名人となり、既存の権威や既成概念に逆らう「反潮流」の象徴、そして労働者階級の英雄として称賛されるようになりました。

その後の栄光と失脚

この政治的な後押しを受けて、張鉄生は学力試験での不振にもかかわらず大学への入学を認められました。さらに、彼の名声は高まり続け、1974年には弱冠24歳で中華人民共和国の最高権力機関の一つである全国人民代表大会常務委員に選出されるという異例の出世を遂げました。

彼の「白紙答案」とそこに含まれた主張は、当時の社会に大きな影響を与えました。彼の行動を真似て、試験の出来が悪かったことや学業不振を正当化しようとする者も多数現れ、一部では混乱を招きました。また、張鉄生事件は、労農兵学生選抜制度や大学入学試験のあり方そのものに対する議論を再燃させ、結果的に高考は再び中断されることになります。高考が本格的に再開されるのは、1977年に鄧小平が実権を握って教育改革を進めてからのことでした。

しかし、張鉄生の栄光は長く続きませんでした。彼の政治的な後ろ盾であった「四人組」が、毛沢東の死後まもない1976年に逮捕され、文化大革命が終結すると、張鉄生もまた「四人組」の支持者と見なされ、激しい批判の対象となりました。彼は逮捕され、政治権利剥奪3年、そして懲役15年の判決を受け、その政治生命は断たれました。

出所、そして実業家として

張鉄生は1991年に刑期を満了し、刑務所を出所しました。政治の世界から完全に退いた彼は、その後、数名の仲間と共に飼料会社を立ち上げ、実業家としての道を歩み始めました。かつての政治的な英雄、あるいは時代の犠牲者といったレッテルを離れ、経済活動に専念した結果、彼は事業を成功させ、現在では数億元に上る資産を築くまでに至っています。

張鉄生の生涯は、文化大革命という特殊な時代背景の中で、一個人の行動が政治権力によって増幅され、社会全体に大きな波紋を広げた事例として記憶されています。彼の白紙答案は、単なる学力不足を示すものではなく、当時の政治的イデオロギー、教育制度、そして人間の尊厳を巡る複雑な問題が絡み合った結果であったと言えるでしょう。そして、その後の失脚から実業家としての成功に至る軌跡は、中国社会の劇的な変化と、個人の適応力、そして逆境を乗り越える力を示唆しています。

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