彦坐王

彦坐王（ひこいますのみこ）

彦坐王（ひこいますのみこ、生没年不詳）は、古代日本の皇族であり、第9代開化天皇の第三皇子として生まれました。『日本書紀』では「彦坐王」、『古事記』では「日子坐王」と表記され、文献によっては「彦坐命」や「彦今簀命」とも記されます。第12代景行天皇の曾祖父にあたり、系譜に関する詳細な記述が『古事記』に見られますが、事績に関する具体的な記録は多くありません。

系譜

『日本書紀』における記述

『日本書紀』によれば、彦坐王は開化天皇と和珥臣（わにの臣）の遠祖である姥津命の妹、姥津媛（ははつひめのみこと）の間に生まれました。同書では、子の丹波道主命（たんばのみちぬしのみこと）に関する記述がありますが、丹波道主命は彦湯産隅王（ひこゆむすみのきみ）の子とする異説も併記されています。

『古事記』における記述

『古事記』では、彦坐王は開化天皇と丸邇臣（わにのおみ、和珥臣と同じ）の祖である日子国意祁都命（ひこくにおけつのみこと）の妹、意祁都比売命（おけつひめのみこと）の間に生まれた第三皇子とされています。

妃と子女

彦坐王は複数の妃を迎え、多くの子女をもうけました。

山代之荏名津比売（やましろのえなつひめ） - 山代県主の祖である長溝命の娘。
大俣王（おおまたのみこ）
孫：曙立王（あけたつのみこ） - 伊勢之品遅部君（いせのほむつぎべのきみ）、伊勢之佐那造（いせのさなのみやつこ）の祖。
孫：菟上王（うさぎのきみ） - 比売陀君（ひめだのきみ）の祖。
小俣王（おまたのみこ） - 当麻勾君（たぎまのまがりのきみ）の祖。
志夫美宿禰王（しぶみのすくねのみこ） - 佐佐君（ささのきみ）の祖。

沙本之大闇見戸売（さほのおおくらみとめ） - 春日建国勝戸売（かすがのたけこくかつめ）の娘。
沙本毘古王（さほびこのみこ） - 日下部連（くさかべのむらじ）の祖、甲斐国造（かいのくにのみやつこ）の祖。
袁邪本王（おざほのみこ） - 葛野之別（かどののわけ）、近淡海蚊野之別（ちかつあふみかののわけ）の祖。
沙本毘売命（さほびめのみこと） - 垂仁天皇の前皇后。
室毘古王（むろびこのみこ） - 若狭之耳別（わかさのみみわけ）の祖。

息長水依比売命（おきながのみずよりひめのみこと） - 天之御影神（あめのみかげのかみ）の娘。
丹波比古多多須美知能宇斯王（たんばひこたたすみちのうしのみこ、丹波道主命）
孫：比婆須比売命（ひばすひめのみこと） - 垂仁天皇の後皇后、景行天皇の母。
孫：真砥野比売命（まとぬのひめ） - 垂仁天皇妃。
孫：弟比売命（おとひめのみこと） - 垂仁天皇妃。
孫：朝廷別王（みかどわけのみこ） - 三川之穂別（みかわのほわけ）の祖。
水之穂真若王（みずのほまわかのみこ） - 近淡海之安直（ちかつあふみのやすのあたい）の祖。
神大根王（かむのおおねのみこ） - 三野国之本巣国造（みののくにのもとすのくにのみやつこ）の祖、長幡部連（ながはたべのむらじ）の祖。
水穂五百依比売（みずほのいおよりひめ）
御井津比売（みいつひめ）

袁祁都比売命（おけつひめのみこと） - 彦坐王の母である意祁都比売命の妹。
山代之大筒木真若王（やましろのおおつつきまわかのみこ）
孫：迦邇米雷王（かにめいかずちのみこ）
息長宿禰王（おきながのすくねのおう）
息長帯比売命（おきながたらしひめのみこと、神功皇后）
息長日子王（おきながひこのみこ） - 吉備品遅君（きびのほむつぎのきみ）の祖、針間阿宗君（はりまのあそのきみ）の祖。
大多牟坂王（おおたむさかのみこ） - 但遅麻国造（たじまのくにのみやつこ）の祖。
比古意須王（ひこおすのみこ）
伊理泥王（いりねのみこ）

記録

『日本書紀』には彦坐王の事績に関する記述はほとんどありません。しかし、『古事記』には、崇神天皇の命によって丹波国に派遣され、玖賀耳之御笠（くがみみのみかさ）を討ったという伝承が記されています。一方、『日本書紀』では、子の丹波道主命が四道将軍の一人として丹波に派遣されたとされています。この違いは、両書における歴史解釈の違いを示唆している可能性があります。

墓

彦坐王の墓は、宮内庁によって岐阜県岐阜市岩田西にある日子坐命墓（ひこいますのみことのはか）に治定されています。形式は自然石であり、隣接して伊波乃西神社が鎮座しており、彦坐王に関する由緒を伝えています。

後裔

氏族

『古事記』には、彦坐王を祖とする多くの氏族が記録されています。これらの氏族は、伊勢之品遅部君、伊勢之佐那造、比売陀君、当麻勾君、佐佐君、日下部連、葛野之別、近淡海蚊野之別、若狭之耳別、三川之穂別、近淡海之安直、長幡部連、吉備品遅君、針間阿宗君などが挙げられます。

『新撰姓氏録』には、さらに多くの氏族が彦坐王の後裔として記載されています。これらには、治田連、軽我孫、鴨県主、大私部、日下部宿禰、軽我孫公、堅井公、別公、川俣公、依羅宿禰、鴨君、豊階公、日下部首などが含まれます。これらの氏族は、彦坐王の血縁が畿内各地に広がっていたことを示しています。

国造

『古事記』には、彦坐王が甲斐国造、本巣国造、多遅摩国造の祖であると記されています。また、『先代旧事本紀』「国造本紀」には、淡海国造、三野前国造、但遅麻国造、稲葉国造が彦坐王の後裔であるとされています。これらの国造の存在は、彦坐王の系統が広範囲に及んでいたことを示唆しています。

考証

彦坐王は、『古事記』において春日、沙本、山代、淡海、丹波といった有力豪族と血縁で結ばれており、これらの豪族を中心とする広域的な連合政権が存在した可能性を示唆する存在として研究者の間で議論されています。また、垂仁天皇朝に見られる沙本毘古王（狭穂彦王）の反乱伝承から、「崇神 - 垂仁」に対立する「彦坐王 - 狭穂彦」の皇統が存在したとする説もあります。

まとめ

彦坐王は、記紀に登場する古代日本の皇族であり、その系譜と後裔は、古代日本の政治と社会構造を理解する上で重要な手がかりとなります。事績に関する記録は少ないものの、多くの氏族や国造の祖として位置づけられていることから、当時の社会における重要な役割を果たしていたと考えられます。

参考文献

「彦坐王命」『日本古代氏族人名辞典 普及版』吉川弘文館、2010年。ISBN 978-4642014588。
小野里了一「彦坐命」『日本古代史大辞典』大和書房、2006年。ISBN 4479840656。

関連項目

* 日部神社（大阪府堺市）

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