徒競走

徒競走（ときょうそう）は、定められた距離を走り、その速さを競い合う陸上競技の一分野です。「かけっこ」や「かけくらべ」といった親しみやすい呼び名でも知られており、特に日本の学校行事である運動会や体育祭において、古くから中心的な種目の一つとして親しまれています。純粋な走力だけでなく、スタートダッシュやコーナリングなどの技術、そして最後まで走りきる精神力が求められる競技です。

競技の形式

一般的に徒競走と呼ばれる場合、多くは校庭や陸上競技場内の短い距離、例えば50メートル走や100メートル走といった短距離走を指します。しかし、広義には、途中にハードルなどの障害物を越えながら走るハードル競走も含まれることがあります。競技の開始方法も特徴の一つです。国際的な陸上競技の短距離走では、スタートブロックを使用して地面に手をつくクラウチングスタートが一般的ですが、学校や特に幼稚園・保育園などで行われる徒競走においては、立った姿勢から一斉にスタートするスタンディングスタートが主流です。これは、幼い子供たちにとってクラウチングスタートが難しく、また競技を安全かつ円滑に進めるための配慮からです。

現代における様相と議論

近年、学校教育の現場では、運動会における徒競走のあり方について、様々な議論がなされています。その中で注目されているのが、「着順をつけない徒競走」の試みです。一部の小学校や幼稚園、保育園では、子供たちの運動能力の違いが着順として明確になることによる精神的な負担や、競争による過度なプレッシャーを避ける目的から、あえて順位をつけず、参加者全員が手をつないで一緒にゴールするといった形式を採用する例が見られます。この試みは、競争よりも協調性や参加することそのものを重視する教育方針に基づいています。しかし、一方で、このような形式に対しては「無意味な平等主義」であるという批判も根強く存在します。子供が目標を持って努力し、その結果として得られる達成感や、他者との競争を通じて自己の能力を知る機会を奪ってしまうのではないか、という懸念が示されています。健全な競争心や、努力が報われる経験の重要性を訴える立場からは、着順をつける本来の形式を維持すべきだという意見が多く聞かれます。このように、現代の徒競走は、単なる身体能力を競う場としてだけでなく、教育哲学に関わるテーマとしても議論の対象となっています。

歴史的側面

現代の学校行事のイメージが強い徒競走ですが、その起源や類似する活動は古くから存在します。特に江戸時代には、武士階級の訓練の一環として、走力を競うことが行われていました。これは、戦場における機動力や体力、そして困難に耐え抜く精神力を養うことを目的としていました。諸藩はそれぞれの状況に応じて様々な走りの訓練を取り入れていた記録が残っています。

薩摩藩の具体例

薩摩藩では、子供たちを含む藩士の訓練に徒競走が積極的に用いられました。例えば「荒平越えの横引き」と呼ばれる訓練では、当時の鹿児島城下から約6里、すなわち24キロメートルもの距離を走り、山を越える競争が行われました。これは、地理的に複雑な地形での走破能力や持久力を鍛えるための厳しい訓練であったと考えられます。

さらに、薩摩藩では毎月20日に、下級武士の少年たちを対象とした、より長距離の競争も行われていました。これは、鹿児島から約5里（約20キロメートル）離れた場所にある、藩祖島津義弘を祀る妙円寺への参詣を兼ねたものでした。少年たちは、握り飯一つを携え、朝の四ツの刻（現在の午前10時頃）に出発し、午後二時までに往復約9里、およそ35キロメートルもの距離を走りきることを競い合いました。この競争で最も早く妙円寺に到着し、無事に帰着した少年は「筆頭第一」として記録され、その日の最大の栄誉とされました。このような訓練は、単に速く走るだけでなく、長距離を走り抜く忍耐力、時間管理能力、そして何よりも定められた目標を達成しようとする強い意志を育むことを目的としていたと言えます。

安政遠足

他にも、幕末の安政年間には、上野国（現在の群馬県）の安中藩が藩士の鍛錬のために実施した「安政遠足」という記録があります。これは、藩士に約30キロメートルもの距離を走らせるものであり、これも広義の徒競走として、当時の体力訓練の一端を示す事例と言えるでしょう。

このように、徒競走は、時代や目的に応じてその形態を変えながらも、人間が持つ基本的な身体能力である「走る」ことを通じて、様々な力を養うための手段として受け継がれてきました。現代の運動会における着順を巡る議論も、この競技が持つ教育的意義や、社会が子供たちに何を求めるかという問いと密接に関わっていると言えるでしょう。

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