従者を伴う侯爵夫人マリア・グリマルディの肖像

『従者を伴う侯爵夫人マリア・グリマルディの肖像』は、バロック期フランドルの巨匠ピーテル・パウル・ルーベンスが1607年頃に制作した油彩肖像画です。この作品は、ルーベンスの初期イタリア時代を代表する肖像画の一つとされ、ジェノヴァの貴族女性マリア・グリマルディと、彼女に仕える従者を描いています。現在、この絵画はイギリスのドーセット州にあるキングストン・レイシーに所蔵されています。

制作背景

ルーベンスは、1605年と1606年にジェノヴァを訪れた際、ジェノヴァの有力な貴族であるセッラ家やパッラヴィチーノ家の女性たちの肖像画を数多く制作しました。本作もその一連の肖像画の一つです。この時期のルーベンスは、貴族たちの肖像画を通じて、その社会的地位や個性を巧みに表現しました。

同時期に描かれた他の作品には、バスコット・パーク所蔵の『ヴィオランテ・マリア・スピノーラ・セッラの肖像』、カールスルーエ州立美術館所蔵の『ヴェロニカ・スピノーラ・ドーリアの肖像』、同じくキングストン・レイシー所蔵の『侯爵夫人マリア・セッラ・パラヴィチーノの肖像』などがあります。これらの作品は、ルーベンスがイタリアで得た経験と、彼の卓越した技術が結実した例として知られています。

人物

マリア・グリマルディは、ジェノヴァの有力貴族であるグリマルディ家の出身です。彼女の父カルロ・グリマルディは、ルーベンスが仕えていたマントヴァ公ヴィンチェンツォ1世・ゴンザーガに、ジェノヴァの主要な港町サンピエルダレナにある別荘ヴィラ・グリマルディを貸していました。この関係から、ルーベンスはマリアの肖像画を描く機会を得たと考えられます。

作品の詳細

本作は、マリア・グリマルディと彼女の従者を同時に描いた二重肖像画です。マリアは豪華な黒のドレスとレースの襞襟を身につけ、椅子に座って右手に扇子を持っています。彼女のドレスは、身体の前面、裾、袖に金の編み込みが施され、華やかな雰囲気を醸し出しています。マリアの右隣には、背の低い男性の従者が立ち、カーテンを開いており、そこから差し込む太陽の光が、彼女の顔を照らしています。彼女の足元には、小型犬が戯れている様子が描かれています。

絵画の背景には、コリント式の石柱の列柱や浮彫が描かれており、建築的な要素が画面に奥行きを与えています。石柱には常緑のつる性植物であるスイカズラが絡みついており、装飾的な効果を高めています。画面右側には緋色のカーテンが大きくはためき、床には絨毯が敷かれています。

この絵画には、いくつかの象徴的な表現が含まれています。開かれたカーテンの間から差し込む太陽の光は、受胎告知を暗示しており、マリアの結婚が近いこと、あるいは最近結婚したことを示唆しています。また、石柱に絡みついたスイカズラや、足元で戯れる犬は、夫婦の貞節を象徴すると解釈されています。犬の首輪に記された「My AM」という文字は、もともと「MARIA」と記されていた可能性が指摘されています。

マリアの頭上にある浮彫は、二人の戦士が女性を巡って争う様子を描いており、彼女の未婚の状態をほのめかすとする説があります。戦士たちが争っている様子は、彼女の結婚相手を巡る競争を象徴しているのかもしれません。

来歴

この作品は、長年にわたってグリマルディ家に所有されていました。19世紀には、画家であり伝記作家のカルロ・ジュゼッペ・ラッティによって、ジョヴァンニ・バッティスタ・グリマルディ・ラ・ピエトラが居住していたジェノヴァのチェントゥリオーネ宮殿の1階で記録されています。1840年、イギリスの政治家、探検家、エジプト学者であり、美術収集家でもあったウィリアム・ジョン・バンクスが、本作と『侯爵夫人マリア・セッラ・パラヴィチーノの肖像』の両作品を取得しました。その後、バンクス家に相続され、ヘンリー・ジョン・ラルフ・バンクスの死後、遺言によりナショナル・トラストに寄贈され、現在に至ります。

まとめ

『従者を伴う侯爵夫人マリア・グリマルディの肖像』は、ルーベンスの卓越した技術と、当時の社会情勢を反映した貴重な作品です。その美しい描写、象徴的な表現、そして複雑な来歴は、多くの人々を魅了し続けています。この絵画は、バロック美術の傑作の一つとして、これからも長く語り継がれるでしょう。

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