従軍聖職者

従軍聖職者とは、軍隊組織の一員として、宗教的な活動や精神的なケアを担当する人物を指します。英語ではミリタリーチャプレンやチャプレンと呼ばれ、その呼称は宗教によって異なります。例えば、プロテスタントでは従軍牧師、カトリックや正教会では従軍神父あるいは従軍司祭、仏教では従軍僧などと呼ばれます。キリスト教や仏教だけでなく、イスラム教やユダヤ教など、各国や時代に応じて様々な宗教の従軍聖職者が存在します。

歴史と国際法上の位置づけ

従軍聖職者の歴史は古く、遅くとも4世紀には古代ローマ帝国軍にその原型が見られたとされています。公式に軍務の一部として認められたのは、8世紀のフランク王国における742年のレーゲンスブルク会議が契機とされており、聖ボニファティウスによってその職務が確立されました。

戦時国際法において、従軍聖職者は衛生要員と同様に中立の立場にあると見なされます。これは、1864年のジュネーブ条約第2条によって定められた原則であり、後のジュネーブ諸条約第一追加議定書第8条および第43条第2項では、専ら宗教的任務に従事する軍人または文民は非戦闘員であると明確に規定されています。また、これらの保護資格を持つ宗教要員を示す特殊標章には、医療要員と同じく赤十字（または赤新月など）が用いられます。

社会における宗教の役割が多様化・複雑化するにつれて、従軍聖職者の役割はより一層重要になりました。彼らは兵士個人の信仰生活を支えるだけでなく、部隊全体の士気維持や精神状態の安定に寄与する機能を果たしてきました。

役割と現代

現代の軍隊における従軍聖職者の任務は多岐にわたります。単に礼拝や宗教教育、記念行事といった宗教に関連する式典を執り行うだけでなく、戦地や医療現場で臨終を迎える人を見送ることも重要な役割です。さらに、平時においては、軍人や軍属に対する精神的な支援、カウンセリング、倫理教育、さらには部隊の結束力を高めるための活動など、その任務範囲は拡大し続けています。

部隊規模の拡大に伴い、従軍聖職者の数も増加傾向にあります。例えば、第一次世界大戦中のアメリカ陸軍には2300名以上、海軍には200名以上の従軍聖職者が勤務しており、初めて大規模な組織化が行われました。第二次世界大戦ではさらに規模が拡大し、多くの民間聖職者が従軍聖職者として任務にあたりました。

従軍聖職者は、大学の神学部や神学校を卒業し、聖職者としての資格を持つ人々にとって、軍隊への入隊における魅力的な選択肢の一つです。国や時代によって差はありますが、一般的に聖職者は医師などと同様に専門性の高い技能を持つと見なされるため、多くの場合、士官あるいはそれに準ずる身分で任務にあたることが多い傾向にあります。

各国の状況

日本

日本の歴史においては、近世以前に軍に帯同して戦死者の弔いや負傷者のケア、さらには使僧としての役割を担った陣僧や、傷病の治療にあたる医僧（僧医）が存在しました。

近代以降の旧日本軍には、主に軍人への布教を目的に仏教の諸宗派から派遣された従軍布教師（従軍布教徒、従軍僧とも）がいました。彼らは軍の指揮の下、軍人への布教活動の他、戦死者・戦病死者の葬儀（野戦葬）、駐屯地での慰問、占領地における民衆への働きかけなど、様々な活動に従事しました。天台宗、真言宗、浄土宗、曹洞宗、法華・日蓮宗、浄土真宗本願寺派、真宗大谷派といった多くの宗派が布教師を派遣しており、日清戦争以降、海外派兵の拡大とともに派遣数は増加していきました。旧日本軍では聖職者も徴兵の対象であったため、聖職者としての資格を持つ一般の軍人が臨時の役割を担うケースも見られました。

現在の自衛隊には、専従の宗教活動を行う職種は設けられていませんが、護衛艦内での艦内神社への参拝や、駐屯地に神棚を祀る行為、装備品のお祓いなど、宗教的な行為が任意で行われることがあります。

ロシア

宗教に不寛容であったソビエト連邦時代には従軍聖職者は存在しませんでしたが、21世紀のロシア軍には再び置かれるようになりました。2022年のウクライナ侵攻においては、ウクライナ側の攻撃によりロシア人従軍聖職者が死亡したという報道がなされています。

従軍聖職者は、戦場という極限状況下にある兵士たちの精神的な支えとなり、士気を維持する上で不可欠な存在です。その役割は時代とともに変化し、現代においてはより幅広い精神支援へと拡大しています。

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