御木曳

御木曳（おきひき）とは

伊勢神宮で20年に一度行われる式年遷宮は、古来より続く重要な祭事であり、社殿や神宝の全てが新しく作り替えられます。この大祭に用いられる大量のヒノキ材を、地域の多くの人々が一体となって神宮へ運び込む伝統行事が「御木曳」です。一般的には伊勢市内で実施されますが、御木曳初式と呼ばれる一部の行事は、志摩市や度会郡大紀町でも催されます。また、伊勢神宮に限らず、伊勢市周辺の他の神社でも、遷座などの際に氏子が木材を運ぶ行事を行う例が見られます。地元では親しみを込めて「お木曳」とも表記されます。

御木曳は、運搬する木材の種類や目的によって、「御木曳行事」「御樋代木奉曳式（みひしろぎほうえいしき）」「御木曳初式（おきひきぞめしき）」の三つの行事に大別されます。それぞれに行われる内容や形式に若干の違いがあります。

行事の形態と歴史

御木曳の主な形態は二つです。内宮（ないくう）へ運ぶ木材は、橇（そり）に乗せ、人々が力を合わせて五十鈴川を遡って曳き上げる「川曳（かわびき）」が行われます。一方、外宮（げくう）へ運ぶ木材は、専用の奉曳車（ほうえいしゃ）に載せ、伊勢市内の市街地を練り歩く「陸曳（おかびき）」が中心となります。

この独特な行事の始まりは古く、式年遷宮の創始期に遡ると考えられますが、当時の詳細は定かではありません。律令制の下で、人々が課せられた労働義務の一つであった可能性も指摘されています。中世以降になると、神宮に属する土地（神領地）の住民（神領民）が、年貢納付の代わりに遷宮に必要な労役を提供したと言われています。ただし、記録には神領民の自発的な奉仕の気持ちから始まったと記されているものもあり、必ずしも強制ではなかったという見方もあります。文献で確認できる最も古い記録は、1452年（享徳2年）に行われた内宮の式年遷宮に関する記述の中に、木遣歌（きやりうた）が登場することです。江戸時代には、既に単なる労役ではなく祭りのような様相を呈しており、その豪華さが過ぎるとして取締りの対象となった記録も残されています。

用材を切り出す山（御杣山）は時代と共に変わり、当初は神宮近くでしたが、後に大杉谷を経て、1702年（第47回式年遷宮時）以降は遠く木曽から運ばれるようになりました。木曽からの木材は海路で伊勢湾まで運ばれ、宮川河畔で陸揚げされるようになり、現在の川曳・陸曳のコースが確立されたとされています。これらの歴史と伝統を有する伊勢の御木曳は、国の選択無形民俗文化財に登録されています。

奉曳を担う組織と用材

御木曳の実践を担うのは「奉曳団」と呼ばれる組織です。これは主に、歴史的な神領地であった地域（現在の伊勢市中心部、旧二見町、旧御薗村など）の町内を単位として結成されます。原則として1町内が1つの奉曳団を構成しますが、近年の市町村合併や人口の変化に伴い、複数の町が合同で団を結成したり、一つの町が分かれて複数の団を持ったりする例も見られます。地理的に内宮に近い地域を内宮領、外宮に近い地域を外宮領に区分し、それぞれが担当の神宮へ奉曳を行いますが、歴史的な経緯からこの区分に当てはまらない例外的な地域も存在します。

奉曳団は、多くの場合、御木曳や後のお白石持（おしらいしもち）といった遷宮関連行事が行われる期間のみ活動します。運搬される用材は、遷宮で用いられる様々な部分に使用されるヒノキの丸太です。中でも御樋代木はご神体を納める最も神聖な用材とされ、伐り出されたままの姿で運ばれます。御木曳初式で運ばれる役木は、正宮や別宮の重要な部材になるとされますが、その詳細は公表されていません。扉木や棟持柱といった特に太く長い用材は、伝統的に御木曳行事の中で運ばれ、曳き手たちの熱気を一層高めます。これらの木材は「御神木」や「御木」とも呼ばれます。ただし、心御柱（しんのみはしら）や御船代（みふなしろ）など、一部の重要な用材は御木曳では運ばれません。

川曳の様子（内宮領）

内宮の用材を運ぶ川曳は、現在、五十鈴川の特定の場所から内宮境内まで約1キロメートルにわたって行われます。用材を載せた橇は、神宮から貸与される綱と梃子棒（てこぼう）を用いて、多くの人々が川に入って牽引します。橇の進行方向を調整したり、水量が少ない場所で橇を持ち上げたりする「梃子方」、独特の木遣歌や掛け声で曳き手を鼓舞する「木遣子（きやりこ）」といった役割の人々が重要な働きをします。川の中での行事のため、雨が降っても中止にはなりませんが、川が増水して危険な場合は延期されることがあります。逆に水量が少ないと橇の浮力が得られず、曳くのが非常に困難になります。奉曳は止まることなく進むわけではなく、途中で休憩を挟んだり、曳き手同士が綱の間でぶつかり合って押し引きする「練り」というパフォーマンスを行ったりします。川から内宮境内へ曳き上げる最後の場面は「エンヤ曳」と呼ばれ、一気に曳き上げる勇壮な光景が最大の盛り上がりを見せます。

陸曳の様子（外宮領）

外宮の用材を運ぶ陸曳は、宮川河畔から外宮境内までの約2キロメートルを、主に旧参宮街道を通って行われます。用材を載せる奉曳車は、ケヤキやカシなどで作られた木製で、車輪の軸が回転する際に「椀鳴り（わんなり）」という独特の低い摩擦音を発するのが特徴です。この音は奉曳車ごとに異なり、よく響く音が良いとされます。奉曳車は各奉曳団によって、提灯や紅白幕、櫓（やぐら）などで華やかに装飾されることが多く、伊勢の街を彩ります。数百人から数千人の曳き手が長い綱について車両を牽引し、進行方向の調整は梃子方が行います。奉曳車の上から木遣歌を歌い、行事をリードする「本木遣（ほんきやり）」も陸曳の特徴の一つです。

陸曳の大きな見どころの一つが「どんでん」です。これは河川敷で用材を乗せた橇を一時的に水に浸し、再び引き上げて堤防を越える際に、橇を大きく揺らす伝統的な所作です。これはかつて川を遡った木材の水切りを再現したものと言われています。陸曳の途中でも川曳と同様に「練り」が行われ、伊勢音頭や太鼓演奏といった芸能が披露されることもあります。外宮へ曳き込む最終区間は、川曳と同様に「エンヤ曳」と呼ばれ、勢いをつけて一気に進む最も活気に満ちた場面となります。

その他の奉曳と一日神領民

内宮領であっても、例外的に陸曳が行われるケースがあります。例えば、磯町の住民が内宮の扉木を約9キロメートルかけて運ぶ慶光院曳（けいこういんびき）や、大湊町による内宮棟持柱の奉曳などです。また、御木曳初式では、五十鈴川から距離がある内宮の別宮（月讀宮、倭姫宮）へは、陸上を橇で運ぶ形態がとられます。さらに、伊勢市外にある別宮（瀧原二宮、伊雑宮）においても、それぞれの地域の奉仕組織によって奉曳車による陸曳が行われています。

御木曳への参加は、伝統的に各地域の奉曳団に属する住民に限られていました。しかし、全国の伊勢神宮崇敬者にも参加機会を設けるために、第60回式年遷宮から「一日神領民」制度が導入されました。これにより、地域外の人々も遷宮用材の奉曳という貴重な体験に参加できるようになりました。

御木曳の日程は、式年遷宮全体のスケジュールの中で決められますが、年によって多少変動することがあります。この伝統的な行事は、単なる木材運搬にとどまらず、地域社会の結束を高め、伊勢神宮への信仰心を共有する場として、現代にも受け継がれています。

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