微小変化群

微小変化群（びしょうへんかぐん、Minimal change disease）とは、腎臓の機能単位である糸球体に非常にわずかな変化しか見られないにもかかわらず、ネフローゼ症候群という重篤な病態を引き起こす腎臓疾患です。リポイドネフローゼ（lipoid nephrosis）とも呼ばれることがあります。

疫学

この病気は、特に子どもや若い世代に多く発症する傾向があり、小児期に見られるネフローゼ症候群の原因として最も一般的です。しかし、30代の比較的若い成人に発症することも少なくなく、高齢者の80代で発症した例も報告されており、幅広い年代で注意が必要な疾患と言えます。

おもな症状

微小変化群によるネフローゼ症候群では、体から大量のタンパク質が尿中に漏れ出すことによって、血液中のタンパク質濃度が著しく低下します。これにより、以下のような様々な症状が現れます。

浮腫（むくみ）: 特にまぶたや顔、足などに現れやすく、重症になると全身がむくみます。
体重増加: むくみによって体に水分がたまるため、体重が増加します。
全身倦怠感: 体の栄養状態が悪化したり、腎臓の機能が低下したりすることで、だるさを感じます。
食欲不振: 全身の状態が悪化することに伴い、食欲が低下します。
* 多尿: 病気の初期には、腎臓の機能変化により尿量が増える（多尿）ことがあります。

これらの典型的なネフローゼ症候群の症状に加えて、ごく少量の血液が尿に混じる（顕微鏡的血尿）場合もあります。

診断のための検査

微小変化群の診断には、主に尿検査と腎臓の組織を採取して調べる腎生検が行われます。

尿検査

尿検査では、尿中に大量のタンパク質が検出される（尿蛋白陽性、+++や++++といった強い陽性を示すことが多い）ことが特徴です。特に、漏れ出す尿タンパク質の多くはアルブミンという種類であり、分子量の比較的大きなタンパク質は尿中にほとんど排泄されないという「尿蛋白選択性が高い」という特徴がしばしば見られます。

腎生検

腎臓の組織を採取して顕微鏡で観察する腎生検は、診断を確定するために重要です。通常の光学顕微鏡で組織を調べると、糸球体の構造にはほとんど異常が見られません。これが「微小変化」という名前の由来となっています。しかし、より詳細に観察できる電子顕微鏡を用いると、糸球体のフィルター機能に関わる上皮細胞の突起（足突起）が、病気によって広い範囲でくっつき合う（癒合する）という特徴的な変化が確認されます。また、通常はこの病気で糸球体に免疫に関わる物質（補体や抗体）が沈着することはほとんどありませんが、一部のケースではC1qという補体成分がわずかに確認されることがあります。

治療

微小変化群の治療は、ネフローゼ症候群の状態を改善させ、腎臓の機能を回復させることを目指します。

安静と食事

病状が活動的な時期には、入院して安静を保つことが推奨されます。また、食事療法として、体に負担をかけないようにタンパク質や塩分の摂取量を制限することがあります（例えば、1日の塩分摂取量を3〜5g程度に抑え、適切なカロリー摂取量を保つなど）。しかし、病状が落ち着き（寛解し）た後は、特別な食事制限は通常なくなり、通常の食事に戻すことができます。

薬物療法

この病気に対して最も効果的な治療薬として、副腎皮質ホルモン剤、いわゆるステロイド薬が広く用いられます。多くの患者さんでステロイド治療によって劇的に症状が改善し、尿中のタンパク質が消失する（寛解に至る）ことが期待できます。

治療の開始時には、通常、体重1kgあたり0.8〜1.0mg程度のステロイド薬を毎日服用します。病状が寛解に至った後は、再発を防ぎつつ副作用を最小限に抑えるために、約2週間から4週間ごとに薬の量を段階的に減らしていくテーパリングという方法で服用を続けます。

再発について

微小変化群は、一度寛解しても再び症状が現れる「再発」を繰り返しやすい傾向があります。再発の頻度やタイミングには個人差がありますが、ストレスや過労、日焼け、風邪などの感染症が再発のきっかけとなることがあります。

特に、病状が落ち着いてから最初の5年間は再発する可能性が高い時期とされています。ステロイド治療によって症状が改善に向かっている途中で再発した場合や、ステロイドの減量中に再発した場合は、一時的にステロイドの量を増やして対応します（例えば、再び1日40mg程度の量に戻すなど）。また、病状が寛解してから10年以上経過した後でも再発する例が報告されており、長期にわたって注意深い経過観察が必要です。