徳永重康

徳永重康（とくなが しげやす）

日本の動物学者、地質学者、そして古生物学者として知られる徳永重康は、1874年（明治7年）8月20日に東京の芝で生を受けました。父は薩摩藩士の吉原重隆です。旧制第一高等学校を経て東京帝国大学に進学し、理学部動物学科で学びましたが、学問への深い探求心から古生物学に惹かれ、地質学科の講義や実習も積極的に受講しました。当時の制度上、専攻変更は叶いませんでしたが、動物学科に籍を置きながら地質学の知識を深めるという異色の学生生活を送りました。

大学卒業後は大学院に進み、地質学を専門として、日本の地質学黎明期を築いた小藤文次郎、横山又次郎、神保小虎といった名だたる学者たちの薫陶を受けました。1897年の大学院修了直後から2年間にわたり、琉球諸島および台湾北部での広範な地質調査を実施。この調査の成果は1901年に東京帝国大学の紀要に掲載され、その卓越した業績は翌1902年の理学博士号授与へと繋がりました。

一時、友人の求めに応じて宮城県の鹿折金山の経営に携わった後、再び学問の世界へ戻ります。1907年に東京工科大学（現在の工学院大学）の教授に就任し、1910年には同校の校長も兼任しました。同年、早稲田大学理工学部の教授および早稲田高等工学校の校長としても迎えられ、教育者としての道を歩み始めます。

研究者としては、1914年に日本で初めてデスモスチルスの化石を発見するという歴史的な快挙を成し遂げました。これは、後に日本各地で発見されることになるこの古代哺乳類の化石研究の端緒を開くものです。また、1918年から1928年にかけては、常磐炭礦の依頼を受け、常磐炭田の詳細な地質調査を精力的に実施。この調査に基づく報告書は早稲田大学の紀要に発表され、一人の研究者が統一的な視点でまとめた貴重な資料として、その後の石炭地質研究において広く参照されることとなりました。

徳永の活動の中でも特筆すべきは、1933年に朝日新聞社の後援を得て組織された「第一次満蒙学術調査研究団」の団長を務めたことです。地質、地理、動物、植物、人類など多岐にわたる分野の第一線級の学者十数名と共に、中国熱河省を中心に大規模な学術調査を敢行。その膨大な成果は、25冊、合計3937ページに及ぶ詳細な報告書としてまとめ上げられました。この調査を通じて、現生動物68種、現生植物124種、古生物21種を含む、実に213種もの新種が発見されています。この画期的な研究調査の功績は高く評価され、1937年には朝日文化賞が授与されました。

学術界への貢献は教育や研究に留まらず、学会活動においても重要な役割を果たしました。1936年には日本古生物学会の第2代会長に、1937年には日本地質学会の会長にそれぞれ選出され、両学会の発展に寄与しました。

研究一筋というわけではなく、その人物像は非常に多彩でした。明るく社交的な性格で、学術界だけでなく芸術分野にも広い交友関係を持っていました。特に日本の伝統芸能である能楽に深く傾倒しており、宝生流の宗家について研鑽を積み、生涯に300回以上も能舞台に立ったといいます。周囲からは「人生を学問七分、能楽三分に分けた人」と評され、自らもユーモアを込めて「理学、工学、能楽の三博士」と称していました。また、野山を歩くことをこよなく愛し、東京から伊豆や東北地方まで徒歩で旅をすることもあったといいます。

多方面で活躍した徳永重康は、1940年（昭和15年）2月8日に急逝しました。享年67歳でした。彼の学問への情熱と多才な人柄は、多くの人々に記憶されています。息子である徳永康元が言語学者に、徳永重元が地質学者になるなど、その学術への姿勢は家族にも受け継がれています。

もう一度検索