忌避

忌避とは

忌避（きひ）とは、特定の法律上の手続において、その公正さを保つことが困難となるおそれがある関係者について、申立てに基づき、その手続に関わる職務の執行から排除することを指します。これは、既に定められた排除事由（除斥）には直接該当しないものの、個別の事情からみて公平な判断が期待できない可能性がある場合に適用される制度です。手続の公平性や参加者の信頼を確保することを目的としています。

類似の制度として、あらかじめ法律で定められた特定の関係や立場にある者を強制的に手続から排除する「除斥（じょせき）」や、自ら公平な職務執行が困難であると判断した場合に任意に職務から退く「回避（かいひ）」があります。忌避は、当事者や関係者の申立てによって発動される点に特徴があります。

忌避の対象となる人々

忌避の対象となるのは、裁判における裁判官が最も典型的な例ですが、それ以外にも様々な手続に関わる人々が含まれます。例えば、裁判所書記官、事件の専門的な判断を依頼される鑑定人、証言や陳述を翻訳する通訳人などが対象となり得ます。また、紛争を調停する仲裁人や、特定の行政的な審査を行う審判官などについても、その公正な職務遂行が疑われる場合に忌避の規定が適用されることがあります。

裁判官に対する忌避

裁判官は裁判という最も重要な公正な手続を担うため、忌避に関する規定が詳細に定められています。

刑事裁判における忌避

刑事訴訟法では、裁判官が法律上の除斥事由に該当する場合や、それ以外にも不公平な裁判を行うおそれがあると認められる場合、検察官または被告人がその裁判官の忌避を申し立てることができると定めています。被告人の弁護人も、被告人のために忌避を申し立てることが可能です。

ただし、申立てが専ら訴訟手続を遅延させるためだけに行われたことが明白な場合には、申立てを受けた裁判官自身が簡易な手続で却下できる仕組みも設けられています。

民事裁判における忌避

民事訴訟法においても、裁判官について裁判の公正を妨げる具体的な事情が存在する場合、当事者（原告、被告など）はその裁判官の忌避を申し立てることができます。

民事裁判における忌避の申立ての重要な効果の一つは、その申立てについて最終的な決定が出るまでの間、原則として訴訟手続全体が停止することです。これにより、忌避の理由の有無が判断される前に、対象の裁判官によって手続が進行するのを防ぎます。

民事裁判での申立て手続き

民事裁判での忌避の申立てには、所定の手数料が必要です。また、申立書は裁判所に直接提出する必要があり、ファクシミリ等による提出は原則として認められていません。申立ては相手方が存在する一般的な訴訟書類とは異なり、裁判所に対するものであるため、申立書の正本と副本を提出する必要はなく、通常は1枚の申立書を提出します。申立書の提出先は担当部や裁判所の受付窓口などが考えられます。

申立てが受理されると、訴訟手続は直ちに停止します。期日が迫っているなど緊急の場合で、不当な行為が直前に判明したような状況では、手数料や必要な郵券を後から納めることとし、申立書1枚のみを先に提出することも可能です。この場合、忌避の原因となる具体的な理由（疎明）は、後日、期間内に改めて理由書として提出することができます。また、裁判の期日においては、口頭で忌避を申し立てることも認められています。

裁判所が忌避の申立てを退ける（却下または棄却する）決定を出した場合、申立人はその決定に対して即時抗告をすることができます。即時抗告の期限は、決定書を受け取った日の翌日から1週間以内と定められています。

これらの裁判官忌避に関する手続や判断については、過去の最高裁判所の決定などの判例も参考にされています。

裁判官以外の忌避

裁判官以外の職務にある者についても、忌避の規定が適用されることがあります。

裁判所書記官: 刑事訴訟法や民事訴訟法では、書記官の忌避についても裁判官の規定が準用されています。ただし、書記官に対する忌避の申立てがあっても、裁判手続自体は停止しません。
鑑定人、通訳人: これらの専門家が、特定の当事者に有利または不利な立場をとるなど、公正な職務を期待できないと判断される場合にも、忌避の申立てが可能です。
仲裁人、審判官など: 法令に定めがある場合、仲裁手続や特定の行政上の審判手続においても、担当者の忌避が認められることがあります。
陪審員: 陪審制度を採用している国では、陪審員候補者が公平な判断を下せないおそれがある場合に、その候補者を陪審員から外すための「チャレンジ」と呼ばれる制度があり、これも忌避の一種と言えます。
弁護士会の委員など: 日本弁護士連合会や弁護士会の綱紀委員会や懲戒委員会の委員についても、調査や審査の対象となっている弁護士からの申立てに限り、忌避が認められる場合があります。

忌避制度の意義

忌避制度は、個別の事情によって手続の公正が損なわれるリスクに対処するための重要な仕組みです。これにより、手続に関わる人々の信頼性を確保し、最終的な判断や決定の公平性を高める役割を果たしています。

忌避