志鳥栄八郎

志鳥 栄八郎

日本の音楽評論界において、戦後の復興期から高度成長期にかけて重要な役割を果たした人物に、志鳥栄八郎（しどり えいはちろう）がいます。1926年1月24日にこの世に生を受け、2001年9月5日にその生涯を閉じた彼は、評論家としての活動を通じて、多くの人々にクラシック音楽の魅力を伝え続けました。

東京都荒川区日暮里の地で生を受けました。実家は毛筆の製造販売を手がけており、彼はその八男として育ちました。旧制駒込中学校に進学し、学窓を共に過ごした同級生の中には、後に名優として知られる大滝秀治がいました。中学時代から文学と音楽の世界に深く傾倒し、高等教育機関への進学を目指しますが、第一高等学校や慶應義塾大学予科の入試では不本意な結果に終わります。一度は予備校生活を経て社会に出ることとなり、1944年からは旭電化工業での勤務が始まりました。

しかし、彼の人生は時代の波に翻弄されます。1945年3月10日の東京大空襲により、育った実家は焼失。このため、福島県石川郡石川町への疎開を余儀なくされます。同年5月には召集令状を受け取り、二等兵として相模原にあった通信第一連隊に入営。終戦後、ようやく故郷に戻ることができ、1946年1月からは日本造船で働き始めます。その後、1949年には旺文社へと転職し、1954年からは学生向けの雑誌『高校時代』の編集に携わりました。

旺文社での勤務を続ける傍ら、志鳥氏は自身の情熱を傾けていた音楽の世界に足を踏み入れていきます。1952年からは、音楽之友社が発行する権威ある専門誌『レコード芸術』に、海外盤の試聴記を連載する機会を得ました。これが彼の音楽評論家としてのキャリアの始まりとなります。その鋭い批評眼と豊かな知識は次第に注目を集め、1955年2月には旺文社を退社し、フリーランスの音楽評論家として独立することを決意します。

評論家として精力的に活動する中で、志鳥氏は健康上の大きな試練に直面します。体質的に胃腸が強くなかったため、彼はある整腸剤を常用していました。しかし、その薬剤に含まれていたキノホルムという成分が原因で、1968年に特定疾患であるスモンを発症。視力の著しい低下に加え、全身を襲う激しい痛みや痺れといった重い後遺症に生涯苦しむことになります。この難病と闘いながらも、彼は評論活動を完全に諦めることなく、その知識と経験に基づいた質の高い文章を発表し続けました。病による肉体的な苦痛は想像を絶するものだったと推測されますが、音楽への深い愛情と評論家としての使命感が、彼を支え続けたのでしょう。

晩年に至るまで、志鳥氏は音楽界への貢献を続けます。1992年にはクラシック音楽興隆会を設立し、理事長としてクラシック音楽の普及・振興に尽力しました。しかし、長年の病に加え、晩年には胃のポリープ、脳梗塞、硬膜下出血、腎不全など、様々な病魔に侵されます。そして、2001年9月5日、75年の波乱に満ちた生涯に幕を下ろしました。

志鳥栄八郎は、一音楽評論家としてだけでなく、難病と向き合いながらも自身の仕事を全うし、音楽界への貢献を続けた人物として記憶されるべきでしょう。彼の残した評論は、今もなお戦後日本のクラシック音楽受容史をたどる上で貴重な資料となっています。

もう一度検索