怒り (小説)

『怒り』

吉田修一による同名の小説、およびそれを原作として2016年に公開された日本映画。一つの未解決殺人事件を軸に、他者への疑念が人間関係を引き裂いていく様を描き出し、観る者・読む者に人間の本質を問いかける作品である。

小説版

本作は、読売新聞の朝刊にて2012年10月29日から2013年10月19日まで連載された。その後、加筆修正が施された上で、2014年1月25日に中央公論新社から上・下巻の二部構成で刊行された。作者である吉田修一は、この物語の着想を得た背景として、2007年に日本で発生したリンゼイ・アン・ホーカー殺害事件を挙げている。

あらすじ

物語は、東京都八王子の郊外で発生した若い夫婦の凄惨な殺害事件から始まる。犯人は現場から逃走し、その行方は杳として知れないまま一年という歳月が流れる。この間、日本国内の三つの異なる場所、すなわち千葉の漁港、東京の繁華街、そして沖縄の離島に、それぞれ素性の知れない三人の男たちが姿を現す。彼らは過去を語らず、周囲の人々からは当初、不審な目で見られる。しかし、次第に彼らの誠実さや純粋さに触れた人々は心を開き、それぞれ新たな人間関係が築かれていく。

穏やかに見えた日常に暗雲が立ち込めるのは、事件発生から一年が経過した頃。警察がテレビ番組で、逃亡中の犯人が整形手術を施した可能性を考慮したモンタージュ写真を公開したことがきっかけとなる。この情報が、千葉、東京、沖縄の三つの場所で男たちと関わりを持つ人々の間に、拭いがたい疑念を生じさせる。「もしかしたら、この男が…」。一度生まれた疑惑は連鎖し、それまで培われてきた信頼関係は脆くも崩れ去り始める。物語は、この三人の男たちと、彼らを信じたいと願う人々の間で揺れ動く感情、そして人間が抱えうる深い「怒り」の感情を克明に描き出す。

映画版

小説『怒り』は、2016年に李相日監督によって映画化され、同年9月17日に公開された。李監督が吉田修一の原作小説を映画化するのは、ヒット作となった『悪人』（2010年）に続いて二度目である。

主演は渡辺謙が務め、彼と李監督は映画『許されざる者』（2013年）以来のタッグを組んだ。他にも、『悪人』に出演した妻夫木聡、三浦貴大に加え、松山ケンイチ、宮崎あおい、綾野剛、森山未來といった当代を代表する実力派俳優たちが集結した。また、重要な役どころである泉役には、オーディションで選ばれた広瀬すずが抜擢され、新人俳優の佐久本宝も主要キャストとして出演するなど、豪華かつ新鮮な顔ぶれが話題となった。

物語の舞台となる各編の主なキャストは以下の通りである。

千葉編
槙 洋平 - 渡辺謙
槙 愛子 - 宮崎あおい
田代 哲也 - 松山ケンイチ
明日香 - 池脇千鶴
東京編
藤田 優馬 - 妻夫木聡
大西 直人 - 綾野剛
藤田 貴子 - 原日出子
薫 - 高畑充希
沖縄編
田中 信吾 - 森山未來
小宮山 泉 - 広瀬すず
知念 辰哉 - 佐久本宝
泉の母親 - 粟田麗

また、映画製作を支えた主なスタッフは以下の通りである。

監督・脚本 - 李相日
原作 - 吉田修一
音楽 - 坂本龍一
撮影 - 笠松則通
編集 - 今井剛
製作プロダクション - 東宝映画
配給 - 東宝

国際映画祭でも注目を浴び、第41回トロント国際映画祭のスペシャルプレゼンテーション部門や、第64回サンセバスチャン国際映画祭のコンペティション部門に出品された。

国内公開時は全国324スクリーンで封切られ、公開初週の週末2日間で興行収入2億3300万円、動員数17万人を記録し、週末映画ランキングで初登場第3位を飾った。

評価と受賞歴

映画『怒り』は、その深いテーマ性と俳優陣の高い演技力が評価され、多数の映画賞を受賞している。

第40回山路ふみ子映画賞
山路ふみ子映画賞
山路ふみ子女優賞：宮崎あおい
第41回報知映画賞
監督賞：李相日
助演男優賞：綾野剛
第29回日刊スポーツ映画大賞・石原裕次郎賞
助演男優賞：妻夫木聡
助演女優賞：宮崎あおい
第90回キネマ旬報ベスト・テン
日本映画ベスト・テン 第10位
第40回日本アカデミー賞
最優秀助演男優賞：妻夫木聡
優秀作品賞、優秀監督賞（李相日）、優秀脚本賞（李相日）、優秀主演女優賞（宮崎あおい）、優秀助演男優賞（森山未來）、優秀助演女優賞（広瀬すず）、新人俳優賞（佐久本宝）など、主要な部門で多数の優秀賞を獲得した。
第26回東京スポーツ映画大賞
助演男優賞：綾野剛
* 助演女優賞：広瀬すず

これらの受賞は、『怒り』が2016年の日本映画界において、芸術的・商業的双方の面で高い評価を得た作品であったことを示している。

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