性的嗜好

性的指向と性的嗜好：性の多様性を理解する

かつて心理学の分野では「性的嗜好（sexual preference）」という用語が用いられていました。しかし、この言葉は個人の性的好みが自発的な選択であるというニュアンスを含み、性的指向を治療や矯正の対象として捉えかねないという問題がありました。そのため、現在では「性的指向（sexual orientation）」という用語に置き換えられ、「性的嗜好」は適切な表現とはみなされなくなっています。アメリカ心理学会のスタイルガイドも、「性的指向」の使用を推奨しています。

性的指向は、個人が性的に惹かれる対象（異性、同性、両性など）を示すもので、個人のアイデンティティを構成する重要な要素です。一方、「性的嗜好」という言葉は、個人の性的好みをより広い範囲で示す場合にも使われてきましたが、前述の問題点から、性的指向という明確で誤解のない用語に置き換えられるべきです。

性的指向の多様性

性的指向には、異性愛、同性愛、両性愛、無性愛など様々なパターンがあります。これらは、個人の性的経験や感情、アイデンティティによって多様な表現を示します。近年では、性的指向のスペクトルは連続的で多様なものであるという理解が深まり、より包括的な視点からの議論が求められています。

キンク、フェティシズム、パラフィリア

性的な好みの中には、社会通念上の性的行動の範囲から外れるものもあります。これらの中には、「キンク」や「フェティシズム」と呼ばれるものがあります。「キンク」は、一般的な性的行動からは逸脱した、特定の性的嗜好を指し、興奮や満足を得るために特定の行為や状況を必要とする場合もあります。「フェティシズム」は、特定の対象物や状況への性的執着を特徴とします。

さらに、同意能力のない者や同意を拒む者を対象とする、あるいは自身に著しい苦痛を与える、もしくは相手または自身に重大な危害を与える可能性のある性的行為は、医学的には「パラフィリア（性的倒錯）」と呼ばれます。しかし、キンク、フェティシズム、パラフィリアの境界は明確に定義されておらず、個々のケースによって判断が異なる場合があります。重要なのは、これらの行為が他者への同意に基づいて行われ、危害を加えるものでないことです。

パラフィリア症群とICD-11

世界保健機関（WHO）が定める国際疾病分類（ICD）では、以前は「性嗜好障害」という項目がありました。しかし、2019年のICD-11改訂では、この用語は「パラフィリア症群」に変更されました。「フェティシズム」という用語もカテゴリから削除されました。

パラフィリア症群は、持続的で強烈な、非典型的で性的興奮パターンを特徴とします。このパターンは、同意のない相手を対象とする場合や、自身に著しい苦痛を与える場合、あるいは重大な危害をもたらす可能性がある場合に該当します。ただし、単に性的興奮パターンが他者から拒絶されることや、その拒絶を恐れることによる二次的なものであってはなりません。

パラフィリア症群には、露出症、窃視症、小児性愛症、強制的性サディズム症、窃触症などが含まれます。これらの行動は、法律によって厳しく規制されており、重大な犯罪となる可能性があります。

結論

「性的嗜好」という用語は、誤解を招きやすいことから、現在では「性的指向」という用語に置き換えられています。性の多様性を理解し、尊重するためには、適切な用語を用い、それぞれの概念を正しく理解することが重要です。また、パラフィリアなど、他者への危害や同意のない行為は、決して許されるものではなく、法的に厳しく罰せられるべきであることを認識しておく必要があります。個人の性的指向や嗜好は尊重されるべきですが、同時に、社会全体の倫理や法規範も考慮する必要があります。

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