恋するふたり (ニック・ロウの曲)

「恋するふたり」（Cruel to Be Kind）

イギリスのミュージシャン、ニック・ロウが1979年に世に送り出したポップソング「恋するふたり」（原題：Cruel to Be Kind）は、彼の代表曲として広く認識されています。

楽曲の成り立ち

この楽曲の起源は、ニック・ロウがかつて所属していたバンド、ブリンズリー・シュウォーツ時代に遡ります。バンドメンバーであったイアン・ゴムとの共作として生まれたこの曲は、グループにとって最後となるはずだったアルバム『イッツ・オール・オーヴァー・ナウ』に収録される予定でレコーディングが行われました。しかし、そのアルバムが最終的にリリースされることはなく、ブリンズリー・シュウォーツは1975年に解散を迎えます。

その後、楽曲は時を経て再び日の目を見ます。1978年にリリースされたニック・ロウのソロシングル「Little Hitler」のB面として、ブリンズリー・シュウォーツ時代のバージョンとは異なるアレンジで発表されたのです。そして1979年、彼は当時活動を共にしていた優れたミュージシャンたち、すなわちロックパイルのメンバーと共にこの曲を再録音します。

ヒットと成功

ロックパイルとの新録音バージョンは、1979年 6月9日に発売されたニック・ロウにとって2枚目のソロ・アルバム『Labour of Lust』のオープニングトラックとして収録されました。アルバム発表後、同年8月17日にはシングルとしてもカットされます。このシングルは大きな商業的成功を収め、特にアメリカでは注目すべき成果を残しました。ビルボードの主要シングルチャートであるHot 100では、9月29日付のチャートで最高位となる12位を記録しています。また、ニック・ロウの母国であるイギリスのチャートでも同様に12位まで上昇し、国内外でヒット曲としての地位を確立しました。

ロックパイルによるこのバージョンに参加した主要なミュージシャンは以下の通りです。

ニック・ロウ：ベース、リード・ボーカル
デイヴ・エドモンズ：ギター、バッキング・ボーカル
ビリー・ブレムナー：ギター、バッキング・ボーカル
テリー・ウィリアムズ：ドラムス

ユニークなミュージック・ビデオ

「恋するふたり」のプロモーションのために制作されたミュージック・ビデオは、そのユニークな企画で話題を呼びました。当時、ニック・ロウはカントリー・ミュージック界のシンガーソングライターであるカーリーン・カーターとの結婚を控えており、彼は自身の結婚式の模様をビデオに収めることで、公私にわたる一大イベントを効率的に記録できると考えました。結婚式は1979年 8月18日、ロックパイルのツアー終了後、カーリーンのロサンゼルスにある自宅で行われました。

ビデオには実際に両家の家族が集まる様子が映し出され、ロックパイルのメンバーも重要な役割を担っています。デイヴ・エドモンズはリムジン運転手、ビリー・ブレムナーはケーキ職人、テリー・ウィリアムズはカメラマンという具合に、それぞれがユーモラスな役柄を演じています。結婚式の場面に加え、その前日には西ハリウッドにあるトロピカーナ・モーテルの庭でバンドの演奏シーンが別途撮影され、ビデオに組み込まれました。このビデオは、1981年 8月1日に放送を開始した音楽専門チャンネルMTVで最初に放送された206本のビデオの一つにも選ばれており、初期のMTVを象徴する映像作品としても記憶されています。

日本語カバー「恋のホワン・ホワン」

この楽曲は海を越えた日本でも、異色のカバーとして親しまれました。落語家の三遊亭圓丈が、自身のキャリアで初めて歌唱に挑戦した楽曲として、「恋のホワン・ホワン」というタイトルで日本語カバーを発表したのです。これは1981年12月21日にトリオ・レコードからリリースされ、同日に発売されたアルバム『リハビリテーション』からのシングルカットとなりました。日本語詞は有川正沙子、編曲は藤田大土が担当し、サウンド・プロダクションは中村俊夫が手掛けています。

「恋のホワン・ホワン」は、2008年に山下達郎が自身のラジオ番組で取り上げたことを機に再評価されることとなりました。原曲のポップなサウンドとは趣を異にする、恋に浮足立つようなプラトニックな感情を描いた歌詞と、圓丈独自の個性的な歌唱スタイルが相まって、その特異性が注目を集めました。音楽評論などでは、『CDジャーナル』によって“カルト・クラシック”あるいは“問題作”と評されるなど、強いインパクトを与えています。その後も楽曲への関心は続き、2011年9月や2018年1月24日にはアナログLPレコードとして再プレスが行われました。また、2019年1月に発売されたコンピレーションアルバム『歌謡曲番外地トリオレコード【TV・ノヴェルティ篇】』にも収録されており、2019年4月17日にはCHILDISH TONES featuring ：宇佐蔵べにによるカバーも生まれるなど、時代を超えて様々な形でファンに聴き継がれています。

「恋するふたり」は、ブリンズリー・シュウォーツ時代の名残からロックパイルとの円熟期、そして唯一無二のミュージック・ビデオや日本でのユニークなカバーに至るまで、音楽史における多角的な側面を持つ一曲と言えるでしょう。

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