恩寵の巡礼

恩寵の巡礼：テューダー朝を揺るがした民衆反乱

恩寵の巡礼は、1536年から1537年にかけてイングランド北部で発生した大規模な民衆反乱です。テューダー朝のヘンリー8世が進めた宗教改革政策、特に修道院解散令が直接的な契機となりました。反乱は、単なる宗教的な不満だけでなく、社会的な不満や政治的な対立が複雑に絡み合った結果として発生しました。

反乱の背景

ヘンリー8世は、離婚問題からローマ教皇と対立し、イングランド国教会を設立しました。これにより、イングランド国内の修道院の財産を没収し、王室財政を立て直すことを目指しました。側近のトマス・クロムウェルは、1535年から修道院の財産調査を開始し、翌年には小修道院解散法を成立させました。これにより、年収200ポンド以下の小修道院が解散されることになりました。この政策は、宗教的な意義だけでなく、地域の社会経済にも大きな影響を与えました。

修道院は、地域住民にとって信仰の中心地であるだけでなく、貧しい人々のための医療施設や教育機関としての役割も担っていました。修道院の解散は、地域住民の生活を脅かすものとして受け止められました。さらに、修道院の土地や財産を没収する政策は、地域社会の権力構造にも大きな変化をもたらしました。土地を所有する貴族やジェントリ層は、王権の拡大に警戒感を抱き、農民層は囲い込みや地代の上昇に不満を募らせていました。これらの要因が複雑に絡み合い、反乱へと発展しました。

反乱の経過

1536年10月、リンカンシャーで修道院の財産が没収されるとの噂が広まり、住民が役人を襲撃する事件が発生しました。リンカンシャーの反乱はすぐに鎮圧されましたが、北部ヨークシャーでは、法律家のロバート・アスクが反乱軍を組織し、ヨークを占領、ポンテフラクト城を陥落させました。反乱軍は、瞬く間に4万人に膨れ上がり、ダーシー男爵も反乱軍に寝返りました。

政府は、ノーフォーク公トマス・ハワードとシュルーズベリー伯ジョージ・タルボット率いる追討軍を派遣しましたが、兵力が不足していたため、ノーフォーク公は反乱軍と和睦交渉を始めました。反乱軍は、恩赦、クロムウェルの追放、修道院解散の撤回、メアリー王女の嫡出認定などを要求しました。政府は一時的に要求を呑み、休戦協定を結びましたが、これは反乱軍を解散させるための策略でした。

1537年1月、フランシス・ビゴッドらが再び反乱を起こすと、政府はこれを機に反乱軍を徹底的に弾圧しました。アスクやダーシー男爵を含む200人以上の反乱指導者が処刑されました。その後、ヘンリー8世は、大修道院の解散を強行し、修道院解散を完了させました。反乱後、北部の治安維持のため北部評議会が設置され、王権の強化が進められました。

反乱の影響

恩寵の巡礼は、テューダー朝における最大規模の民衆反乱であり、ヘンリー8世の宗教改革政策に対する深刻な反対を示すものでした。反乱は鎮圧されましたが、王権の強化と中央集権化を促進し、イングランドの社会構造に大きな影響を与えました。また、反乱は、修道院の解散がもたらした社会経済的な混乱を浮き彫りにし、宗教改革が単なる宗教上の問題ではなく、社会全体に影響を与える変革であったことを示しました。

参考文献

今井宏編『世界歴史大系 イギリス史2 -近世-』山川出版社、1990年。
松村赳・富田虎男編『英米史辞典』研究社、2000年。
* 陶山昇平『ヘンリー八世 暴君か、カリスマか』晶文社、2021年。

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