患者搬送車

患者搬送車（かんじゃはんそうしゃ）

患者搬送車は、病気や負傷などのうち、緊急性が低いと判断される患者さん（ただし、一部例外的なケースも存在します）を目的地まで運ぶための設備を備えた車両です。これらの車両は「福祉改造車両」の一種として位置づけられています。

外観としては、車体に青色の身体障害者を示すピクトグラム（国際シンボルマークである車いすマーク）が貼付されている車両も見られます。患者搬送車はあくまで一般車両であるため、赤色灯を点灯させたり、サイレンを鳴らしたりして、救急車のような単独での緊急走行を行うことは原則として認められていません。

患者さんを搬送するための設備は多岐にわたります。比較的症状が軽く、車いすを利用する患者さんを乗せるために後部にスロープが備えられた「軽乗用車タイプ」から、寝たきりの患者さんをストレッチャーに乗せたまま積載できる「ワゴン車タイプ」まで、様々な形態の車両が存在します。

所有者による分類と特徴

患者搬送車は、その所有者によって機能や運用方法が大きく異なります。

医療機関が所有する患者搬送車

病院などの医療機関が保有する患者搬送車は、主に患者さんの入院、転院、退院に際し、緊急搬送の必要がない比較的症状が安定しているものの、自力での歩行が難しい方を搬送するために用いられます。車内の設備は、医療機関の救急車と比べても大きな違いがない場合が多く、搬送時には入院中に担当していた看護師などが付き添いとして同乗します。車両も職員も医療機関の所属であるため、主治医の指示があれば、車内で患者さんへの薬剤投与などの医療行為を行うことも、医療機関で行われる医療行為の延長とみなされ、法令上の制約なく実施可能です。

災害発生時には、医療機関の救急車が不足した場合などに、病院のDMAT隊が医療機関の患者搬送車で被災地へ出動し、災害医療活動を行うこともあります。

これらの車両は白ナンバーであり、通常、入院・転院・退院のために利用する患者さん（極端に遠距離でない限り）は無料で利用できます。しかし、その医療機関と関係のない方は利用することができません。なお、デイサービス施設などの送迎車両は病人や患者さんの搬送を目的としていないため、一般的に「送迎車」と呼ばれ、患者搬送車とは区別されます。

保健所が所有する患者搬送車

患者搬送車は基本的に緊急性の低い患者さんを搬送するための福祉車両ですが、市町村などの自治体、特に保健所が所有する患者搬送車は例外的な運用がされることがあります。これは、高い伝染性を持つ感染症の患者が発生した場合や、その疑いがある方が発見された際に、緊急性の高い患者さんを搬送するためです。保健所は法令上、独自の救急車を保有できないため、代わりに感染症専用の患者搬送車を備えていることがあります。

こうした感染症専用車両の内部構造は、空港の救急車とほとんど同じですが、赤色灯やサイレンが付いていない点が異なります。自治体や保健所によっては、アイソレーターと呼ばれる、ストレッチャー上の患者さんを隔離できるカプセル型のカバーを搭載している車両も見られます。運転手を含む同乗職員は全員が防護服を着用し、病原体の拡散防止や職員の二次感染を防ぐため、車内での医療行為は一切行わないと運用基準で定めている保健所が多いです。

実際の感染症患者搬送時には、車両の前方を警察の緊急車両が先導することにより、特別に緊急走行が認められる場合があります。これらの車両も白ナンバーで運賃は無料ですが、通常利用することはできません。

企業・工場が所有する患者搬送車

広大な敷地を持つ製鉄所や火力発電所、石油コンビナートといった大規模な事業所や工場、あるいは多くの来場者がある一部のテーマパークなどでは、従業員や利用客の急な体調不良や労働災害に備え、患者搬送車を備えていることがあります。工場などでは、労働安全を担当する部署や自衛消防隊によって運用されていることが多いです。

事業所によっては、車両の外装に労働安全を示す緑十字マークが貼られている車両もあります。主な装備としては、ストレッチャーや酸素ボンベなどがあり、これらを用いて簡易な応急手当（心臓マッサージや人工呼吸といった一次救命処置、一般向けのAEDの使用、圧迫止血、火傷の冷却など）を行うことができます。しかし、これを超える医療行為（注射や輸血など）は法令で認められていません。

比較的軽症の場合、事業所内の患者搬送車で、あらかじめマニュアルで定められた医療機関へ直接搬送することもあります。一方、重症（またはその疑いがある場合）では、事業所の敷地出口まで患者搬送車で運び、敷地の外で消防の救急車に引き継いで緊急搬送を依頼するといった運用も見られます。これらの車両も白ナンバーで運賃は無料ですが、その企業・施設の関係者以外は利用できません。

運送業者が所有する患者搬送車

運送業者が所有する患者搬送車は、一般的に「介護タクシー」「福祉タクシー」「民間救急」などと呼ばれています。これらの車両には「民間患者等搬送車両」と表示されており、緑ナンバーです。「患者等」という表記の通り、患者さんだけでなく、障害のある方なども通常のタクシーのように利用できます。料金は、通常のタクシー運賃に介護料が加算されるため、一般的なタクシーより割高になりますが、比較的症状が軽い、あるいは安定している患者さんなどを中心に、誰でも利用可能です。

運送業者に所属する介護ヘルパー、看護師、救急救命士などの有資格者が同乗することもありますが、車内で提供されるサービスは主に介護のレベルにとどまります。一般向けのAEDを含む簡易な応急手当の範囲を超える医療行為は、後で責任問題となる可能性があるため、原則として行われません（救急救命士は、法令で認められた救急車内など以外の場所での救急業務が明確に禁止されています。ただし、緊急避難として喀痰吸引などを行うことはあります。なお、看護師または准看護師が同乗し、かつ主治医などからの指示書があれば、その権限内で医療処置を行うことは可能です）。

緊急性の低い軽症患者さんの搬送を民間の運送業者が行うことは、消防の負担軽減に繋がるため、一部の消防署ではこれらの運送業者を「認定」する制度を設けています。当初は消防が積極的に利用を推奨するものではなかったため「認定」という表現が使われましたが、近年、救急車の不適切な利用が増加傾向にあることから、緊急性がないと判断される案件について、管轄の民間患者等搬送事業者に連絡するよう促す例が増えています。最近では、消防で役目を終え廃車となった救急車を譲り受け、塗装し直して患者搬送車として再利用している事業者も存在します。

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