愛の渇き

『愛の渇き』

『愛の渇き』は三島由紀夫が1950年に発表した長編小説で、彼の文学の足跡の中でも特に注目される作品です。この物語は、大阪の農園を舞台にしており、未亡人である悦子が亡き夫の父親である舅に身を預けながらも、若く無邪気な園丁・三郎に心惹かれていく姿を描いています。この作品は「幸福」という観念を基にした人物の複雑な感情を、特に嫉妬や欲望といったテーマにおいて掘り下げたものです。物語の中で、悦子の内面的な葛藤と演じられる劇的な情景が強調されており、彼女の精神状態は、他の登場人物たちとの関係性に大きく影響されます。

作品の成立と背景

三島由紀夫がこの作品に取り組んだ際の背景として、1949年の夏に関西に住む叔母から聞いた農園の話が大きなインスピレーションとなりました。大阪郊外の豊中市にある江村家の農園は、終戦前に購入された広大な土地で、彼の物語が生み出されるための舞台となりました。この農園で働く「無邪気な園丁」に関する叔母からのエピソードが、作品の核心となるキャラクターやストーリーを形成するきっかけとなったのです。三島は江村家に滞在しながら周辺を取材し、祭りなどの地域行事を経て、物語の展開を構築していきました。作品タイトルも当初の『緋色の獣』から変更され、最終的に『愛の渇き』と名付けられました。

主題と構成

本作の主要なテーマは、欲望と嫉妬、愛の形です。三島は人物配置をフランス古典劇に倣い、まるで王族のような立場を与えられたキャラクターたちを設定しています。悦子は王妃として、弥吉は王、三郎は王子という役割を持ち、彼らの関係性が物語の進行と共に複雑化していきます。物語全体を通して、「唯一神なき幸福観念」というテーマが色濃く反映されています。また、悦子のキャラクターは反ボヴァリー夫人的な性質を示しており、彼女は自らの幸福を追い求めながらも、内面的な苦悩に苛まれているのです。三島自身はこの作品が、彼の気質と文学的技術を結びつけた意義深い作品であると位置付けています。

あらすじ

物語は、大阪・梅田の阪急百貨店で買い物をした悦子から始まります。彼女は夫の仏前に供えるためのザボンを求めて出かけますが、手にしたのは質素な男物の靴下2足だけでした。実は、かつて妬みまみれだった夫・良輔が急死した後、悦子は愛情を求めながらも、若い園丁・三郎に惹かれていきます。三郎には女中の美代という恋人が存在し、悦子の心には嫉妬が芽生え始めます。

悦子は体を舅に許しながらも、次第に三郎へと強く惹かれていきます。彼女の心の葛藤は嫉妬と欲望の狭間で増幅し、美代の妊娠を知った彼女は、三郎に美代と結婚するよう命じます。このことが悦子の心をさらに追い詰め、彼女は精神的なバランスを崩していきます。

物語のクライマックスでは、悦子は三郎を自分の情熱から逃れられない存在として認識し、最終的には悲劇的な結末に至ります。三郎の命を奪うことになる悦子の行動は、愛と嫉妬が引き起こす情念の恐ろしさを示すものとなります。

登場人物

• - 悦子: 未亡人で、自身の幸福を求めつつ嫉妬に苦しむ女性。
• - 杉本弥吉: 悦子の舅であり、過去の商船会社に勤務していた。
• - 杉本三郎: 若い園丁で、悦子の心を揺さぶる存在。
• - 美代: 杉本家の若い女中で、三郎の恋人。

文壇の評価

『愛の渇き』は、発表当初から文壇での評価が高く、特に三島の描く嫉妬や愛の複雑さに関しては多くの評論家が言及しています。本多秋五は、ヒロインの性格について厳しい視点を持ちつつも、力強い作品として認めています。また、中村光夫は、三島の描写が成功しているとし、悦子というキャラクターが複雑で魅力的であることを強調しています。

この作品は、映画としても1967年に公開され、三島本人からも高く評価されました。彼の文学の深淵さが、映像という形でも多くの視聴者に伝わったことは、大きな成果と言えるでしょう。

結論

『愛の渇き』は、嫉妬と欲望、幸福の探求をテーマにした意義深い作品であり、三島由紀夫の文学的傑作のひとつとして位置付けられています。彼の描く複雑な人間関係や深い感情は、時代を超えて、多くの読者に新たな視点を与え続けています。

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