戦争マラリア

戦争マラリアとは、第二次世界大戦中に沖縄県で発生したマラリアのことです。特に、八重山諸島において、住民が強制的に疎開させられたことが原因で、多くの犠牲者が出ました。このマラリアは、戦時下という特殊な状況下で発生したため、平時のマラリアとは区別して「戦争マラリア」と呼ばれています。

背景

沖縄県の八重山列島では、古くからマラリアの発生地域が知られていました。特に石垣島の北部や西表島は、マラリアが蔓延する危険な地域として恐れられていました。琉球王国時代には、これらの地域への強制移住が試みられましたが、マラリアによって全滅するという歴史が繰り返されていました。

第二次世界大戦中、沖縄本島周辺では激しい戦闘が行われましたが、八重山諸島には米軍の上陸はありませんでした。しかし、空襲や艦砲射撃による攻撃を受け、住民は安全な場所への疎開を余儀なくされました。しかし、その疎開先がマラリアの発生地域であったため、多くの住民がマラリアに感染し、命を落とすこととなりました。これが戦争マラリアと呼ばれる所以です。

八重山諸島における経過

戦争の激化と疎開命令

1944年10月、石垣島への空襲を皮切りに、八重山諸島への連合軍の攻撃が始まりました。その後、連合軍は慶良間諸島に上陸し、沖縄本島が主戦場となりましたが、八重山諸島も空襲や艦砲射撃の標的となりました。日本軍は、1943年以降、石垣島と西表島に陣地を築き、飛行場を建設しました。地域住民は、軍需品の提供や労働力として動員されました。

1945年6月、日本軍は八重山諸島の住民に対し、山岳地域への避難を命令しました。石垣島では郊外、大浜村では於茂登岳周辺が疎開先として指定され、竹富村と波照間島の住民は西表島への疎開を命じられました。この疎開命令は、波照間島へは3月末、黒島へは4月上旬に下されました。

マラリアの発生と被害

疎開は困難を極めました。多くの若者が軍に動員されていたため、移動手段や人手が不足していました。疎開先では、雨露をしのぐ程度の粗末な小屋で生活せざるを得ず、蚊帳も満足に利用できない状況でした。不衛生な共同便所も蚊の発生を助長しました。

疎開によって農業は中断し、配給も滞りがちになり、医療物資も不足しました。このような栄養不良と不衛生な環境下で、マラリアが蔓延し始めました。病人が続出し、多くの住民が亡くなりました。7月23日に疎開指示は解除されましたが、多くの地域では避難解除命令が徹底されず、終戦後も混乱が続きました。

琉球政府の資料によると、八重山における戦争被害は、空襲による死者が174名であったのに対し、マラリアによる死亡者は3,647名と、戦闘行為よりもマラリアによる犠牲者が圧倒的に多かったことがわかります。

波照間島・黒島住民の集団罹患

西表島への強制疎開

波照間島への疎開命令は、八重山全体よりも3ヶ月ほど早い1945年3月末に出されました。命令書はなく、口頭で伝えられたに過ぎませんでした。アメリカ軍の上陸を恐れた軍部は、波照間島を無人島化しようとしました。その際、青年学校の指導員として島に滞在していた山下虎雄と名乗る人物（陸軍軍曹酒井清の偽名）が、軍服をまとい、日本刀を帯刀して島を支配し、疎開を強行しました。

島民は、マラリアの無病地である由布島への疎開を主張しましたが、物資の運搬の困難さから、マラリア発生地域である西表島の南風見田への疎開が決まりました。南風見田は、かつてマラリアによって廃村に追い込まれた場所でした。

疎開の実施と惨状

疎開に際し、住民は家畜を全て殺すことを命じられました。これは、アメリカ軍が食料として利用するのを避けるためと説明されました。殺された家畜の肉は、塩漬けや燻製にして島外へ運ばれました。

4月初め、波照間島の住民は西表島へ移動し、掘っ建て小屋で生活を始めましたが、すぐにマラリア患者が発生し始めました。薬や医療設備のない中で、多くの人々が命を落としました。7月には罹病者が急増し、死者は70人を超えました。

帰島

7月30日、島民は山下（酒井）に隠れて、石垣島の部隊長に直訴し、疎開命令の解除を取り付けました。島民は8月7日から帰島を開始し、8月15日に終戦を迎えましたが、家畜は全て処分され、農地は荒廃し、栄養不良とマラリアの蔓延という状況の中、悲惨な状態でした。

波照間島住民のマラリア罹患率は99.7%、死亡率は30.09%にも達し、ほぼ全住民が感染し、3分の1が命を落とすという悲劇に見舞われました。

疎開命令解除時、識名信升校長が南風見田の石に「忘勿石　ハテルマ　シキナ」と刻み、これが現在も残る忘勿石（わするないし）です。1992年には、この悲劇を後世に伝えるため「忘勿石之碑」が建立されました。現在も8月15日には慰霊祭が行われています。

この波照間島での悲劇は、軍が住民を疎開させたのは、家畜の肉を確保するためだったという見方もあります。黒島でも同様の家畜処分が行われましたが、波照間島に比べると穏便でした。

その他の地域での被害

アメリカ軍に保護された住民が収容された収容所や野戦病院でもマラリアが蔓延し、多くの子供や老人が亡くなりました。

沖縄本島北部でも1万人以上がマラリアで死亡したという記録があります。

沖縄戦におけるマラリア犠牲者数

竹富町の調査によると、波照間島では当時の人口1,511人に対し552人がマラリアで死亡しました。八重山列島全体では3,825人がマラリアで犠牲になったとされています。

戦争マラリアは、戦争の悲惨さを象徴する出来事の一つであり、二度と繰り返してはならない教訓として、後世に語り継がれるべきです。

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