戦時改描

戦時改描：地図に隠された秘密

戦時改描とは、戦時中に軍事的に重要な施設を、地形図上で偽って表現する行為です。これは、敵の攻撃から施設を守り、戦略を隠蔽するために行われました。初期の段階では、重要な施設を単に地図から省略する「省略改描」が用いられていましたが、第一次世界大戦での首都爆撃を契機に、より巧妙な偽装が施されるようになりました。具体的には、実際の施設をリンゴ畑や桑畑など、無害なものとして地図上に描き出す手法が用いられました。

日本における戦時改描

日本では、主に第二次世界大戦中に陸軍参謀本部の外局である陸地測量部が、この戦時改描を主導しました。対象となった施設は、軍事施設はもちろんのこと、基幹産業関連施設、そして皇室関連施設など多岐にわたりました。これらの施設への攻撃を恐れ、その存在を隠蔽することが主な目的でした。

陸地測量部の主な業務は、自国の地図を改描することと同時に、敵国が行った改描を見破ることでした。貯水池を芝生に、火薬庫を桑畑に偽装するなど、巧妙な手法が用いられました。また、改描された地図とそうでない地図を区別するために、地図上の記号や表記にも工夫が凝らされました。例えば、軍事関係の記号は「陸海軍官衙」として星の下に錨を描いた記号に変更され、地図の価格表記も、改描済みのものは（定価金拾参銭）のように丸括弧で囲み、未改描のものは［定価金拾参銭］と角括弧で囲むなど、細部にわたる識別が施されました。

1942年（昭和17年）10月1日からは、地形図そのものの販売が全面的に禁止されました。これは、敵国に地図情報が渡ることを防ぐための措置でした。

戦時改描の実例

戦時改描の対象となった具体的な施設としては、以下のようなものが挙げられます。

宮城（現在の皇居）: 日本の中心である皇居も、その重要性から改描の対象となりました。
浄水場: 都市の生命線である浄水場も、攻撃対象となることを避けるために偽装されました。
兵器工場: 化学兵器工場があった大久野島などが代表例で、兵器生産施設は厳重に隠蔽されました。
油田: 戦争遂行に不可欠な油田も、偽装の対象となりました。

これらの施設は、地図上では全く別のものとして表現され、敵の目を欺くための巧妙な戦略が用いられました。

戦時改描に関する研究

戦時改描に関する研究は、今尾恵介氏など、地図や地名に詳しい研究者によって行われています。彼らの研究により、戦時中に地図がどのように改変され、その目的は何だったのかが明らかになりつつあります。

関連項目

欺瞞作戦: 戦時改描は、欺瞞作戦の一環として行われました。
トラップストリート: 知的財産権保護のために地図に虚偽情報を記載する行為で、戦時改描とは目的が異なります。
Google マップ、Google Earth: 各国政府の要請や配慮により、重要施設付近の衛星画像が低解像度で提供される場合があります。これは、現代版の戦時改描とも言えるかもしれません。
en:Cartographic censorship: 地図の検閲は、戦時中に限らず様々な目的で行われます。

外部リンク

* 谷謙二「「今昔マップ旧版地形図配信・閲覧サービス」における収録地域および機能の拡張」『日本地理学会発表要旨集』2019年度日本地理学会秋季学術大会セッションID: 408、日本地理学会、2019年、20頁、CRID 1390282752329162880、doi:10.14866/ajg.2019a.0_20、NAID 130007711008。

戦時改描は、地図という一見客観的なものに、人間の意図が深く組み込まれた事例です。それは、戦争という極限状態において、いかに情報が操作され、隠蔽されるかを示す重要な例と言えるでしょう。

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