戦藻録

戦藻録：太平洋戦争を記録した海軍中将の日誌

『戦藻録（せんそうろく）』は、宇垣纏（うがき まとむ）海軍中将が太平洋戦争期に執筆した陣中日誌です。副題には『大東亜戦争秘記』と記され、その内容は、日本の海軍作戦を理解する上で極めて重要な一次史料として位置づけられています。同時に、戦争文学としても高い評価を受けており、歴史研究者や文学愛好家の双方から注目を集めています。

内容と特徴

宇垣自身により「戦の屑籠、否戦藻録と命名」と記された本書は、1941年10月16日から1945年8月15日、宇垣の死去まで続けられました。海軍甲事件で負傷した時期も、口述筆記によって記録が続けられたという徹底ぶりが伺えます。

宇垣は海軍の要職を歴任した人物であるため、『戦藻録』には、当時の日本の海軍作戦に関する詳細な記述が数多く含まれています。しかし、それだけでなく、宇垣自身の深い人生哲学、処世観、そして思考過程も垣間見ることができます。

特に興味深いのは、冷徹な「鉄仮面（黄金仮面）」と称された宇垣の、意外なほど家庭的な一面です。日誌には、亡き妻への深い愛情や家族への想いが綴られており、彼の知られざる人間像が浮かび上がってきます。

出版とその後

戦後、宇垣の嗣子である博光（医師）の委嘱により、横井俊之と小川貫爾が編纂にあたり、1952年に前編、翌1953年に後編が日本出版協同より刊行されました。その後、開戦前50日間の記録が発見され、1968年に原書房から増補版が出版されています。

さらに、本書の価値を見抜いたGHQ戦史室調査員ゴードン・プランゲは、外国語出版権を取得し、アメリカでも出版されました。

執筆の動機

宇垣は、1938年12月から1941年2月まで軍令部第一部長（作戦部長）を務めていました。この時期、日中戦争は膠着状態に陥り、日独伊三国同盟の締結、仏印進駐といった出来事が日米関係を悪化させていきました。

宇垣自身は三国同盟に反対でしたが、最終的には賛成せざるを得ませんでした。日中戦争の解決に失敗したこと、そして仏印進駐への責任感から、彼は深い自責の念を抱いていました。

日米開戦が現実味を帯びる中、連合艦隊参謀長であった宇垣は、将来のために記録を残す必要性を感じ、「公務上の事も、個人的の事も一切構はず、その日その日にまかせて書き綴る」ことを決意し、日誌の執筆を開始したのです。プランゲは、この日誌が最初から公刊を念頭に置いて書かれたものだと推測しています。

紛失部分と謎

『戦藻録』には、いくつかの紛失部分が存在します。特に、序編の一部と第六巻は、戦後行方が分からなくなりました。序編には、山本五十六とのやり取りに関する記述があったとされ、それが何者かによって意図的に削除された可能性が指摘されています。第六巻には、ガダルカナル島撤収作戦やラエ増援作戦、そして航空大攻勢に関する記述があったと考えられています。

これらの紛失部分は、戦争の真実解明にとって大きな障害となっています。

構成と俳句

本書は原本15冊からなり、各冊は特定の期間を対象としています。また、宇垣は日誌の中に、時折俳句を詠んでおり、戦争の激しさや自身の心情を表現しています。特に、亡き妻を弔う句は、彼の内面に迫るものがあります。

書誌情報

『戦藻録』は、これまでに様々な出版社から、様々な編集・翻訳で出版されており、現在でも入手可能です。

まとめ

『戦藻録』は、単なる海軍作戦の日誌ではなく、太平洋戦争という激動の時代を生きた一人の軍人の、人間性と葛藤、そして戦争への反省が克明に記録された貴重な資料です。歴史研究においても、戦争文学においても、その価値は高く評価されています。

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