戸上信文

戸上信文（とがみ のぶふみ）は、1895年（明治28年）5月13日、熊本県に生まれました。技術者、実業家、そして経営者として、日本の産業界に大きな足跡を残した人物です。特に、自動配電装置の開発と、戸上電機製作所、日本タングステンという二つの主要企業の創業を通じて、その功績は広く知られています。

彼は、現在の東京電機大学にあたる電機学校で専門教育を受けました。卒業後、佐賀市に位置する日本電機鉄工で技師としてのキャリアをスタートさせます。この企業は、製麺機の発明で知られる真崎照郷が興した真崎鉄工場の電気機械部門などを引き継ぎ、藤山雷太が社長を務める一方で、真崎照郷自身も相談役として名を連ねるという、当時の日本の産業界において注目される存在でした。戸上はここで、自身の技術的才能を開花させていきます。

日本電機鉄工での技師時代、戸上は自動開閉器配電装置という革新的な技術を開発しました。この発明は高く評価され、1919年（大正8年）には社内に自動開閉器部が設立される運びとなります。この部門こそが、後に彼自身が設立する戸上電機製作所の直接的な源流となったのです。

さらに、1923年（大正12年）、交流電磁石の実用化が本格化する中で、戸上は一本の電力供給回線から、使用時間に応じて昼間用と夜間用の回路を自動的に切り替えることができる画期的な配電装置、『戸上式自動配線装置』を考案しました。この技術の先進性は日本国内にとどまらず、その特許はイギリス、フランス、イタリア、ドイツといった主要な欧州諸国でも取得されるに至り、世界的な注目を集めました。

自らの技術とその将来性への確信を深めた戸上信文は、独立の道を歩むことを決意します。そして1925年（大正14年）3月12日、彼は自動配電装置の製造と販売を目的とした株式会社戸上電機製作所を佐賀に設立しました。自身の名を冠したこの企業は、彼の技術力と先見の明、そして経営手腕によって着実に成長を遂げていきます。

昭和恐慌という経済的に困難な時期においても、戸上電機製作所は事業基盤の強化を進めました。特に、かつて自身が働いていた日本電機鉄工の自動開閉器部門を吸収合併することで、関連分野における技術力と市場での地位を一層確固たるものにしました。

戸上信文の技術革新と産業への貢献は、公的にも高く評価されました。1933年（昭和8年）には、彼が開発した戸上式配電装置や戸上式電気分配装置などの発明に対し、全国発明表彰の有功賞が授与されています。また、長年にわたる多大な功績に対して、勲三等瑞宝章や緑綬褒章といった国家からの栄誉も与えられました。実業家としてだけでなく、地域の発展にも尽力し、佐賀県商工会議所連合会長を歴任するなど、公職にも携わりました。

戸上信文は、常に新しい技術の可能性を追求し、それを具体的な製品や事業として社会に実装することで、日本の電気産業の発展に大きく貢献しました。1967年（昭和42年）8月9日に72歳でその生涯を閉じるまで、彼は技術者、経営者として、また地域社会のリーダーとして、多岐にわたる活動を展開しました。その創業精神と革新的な技術は、今日の戸上電機製作所などに受け継がれています。

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