抜頭

抜頭（ばとう）

「抜頭（ばとう）」は、日本の伝統音楽である雅楽（ががく）における重要な楽曲の一つであり、またその舞に用いられる舞楽面（ぶがくめん）を指す名称でもあります。別名を「宗妃楽（そうひらく）」とも称され、唐楽（とうがく）の中でも太食調（たいしきちょう）に分類されます。これは、かつて南ベトナムにあったチャンパ王国（林邑）から伝わったとされる「林邑八楽（りんゆうはちがく）」の一つとして知られています。

伝来と歴史

その起源は古く、日本の雅楽に導入されたのは奈良時代の天平年間（729年～749年）頃とされています。この頃、林邑出身の僧侶である仏哲（ぶってつ）によって日本に伝えられたと伝えられています。彼は林邑の音楽や舞楽を日本に紹介した人物として知られており、抜頭もその貢献によって今日まで伝えられていると考えられています。

楽曲と舞楽

抜頭には、楽器演奏のみによる「管絃（かんげん）」と、舞を伴う「舞楽（ぶがく）」の形式があります。舞楽としての抜頭は、特にその独特な姿が印象的です。この舞は「一人舞（いちにんまい）」、すなわち一人の舞手によって演じられます。

舞手が着用する面は、抜頭の大きな特徴の一つです。この面は、長い髪が顔の前に垂れ、鼻が非常に高いという異様な形状をしています。この面を着用した舞手は、激しい感情や物語性を表現するとされています。

抜頭は、雅楽における舞楽の分類では「左方の舞楽（さほうのぶがく）」に属します。これは主に中国やインド系の影響を受けた舞楽が分類されるグループです。しかし、抜頭は単に左方の舞として演じられるだけでなく、「右方の舞楽（うほうのぶがく）」、すなわち主に朝鮮半島系の影響を受けた舞楽の伴奏音楽としても用いられることがあります。これは抜頭が持つ音楽的な多様性を示しています。

雅楽では、二つの舞楽を組み合わせて一対として演じる「番舞（つがいまい）」という形式がありますが、抜頭は伝統的に「還城楽（げんじょうらく）」という舞楽と番舞をなすことが通例となっています。還城楽もまた一人舞であり、蛇を捕獲する様を表す荒々しい舞です。

また、大人の舞手の代わりに子供たちが舞う「童舞（どうまい）」の形式も存在しており、より純粋で可憐な雰囲気で演じられることがあります。

起源に関する諸説

抜頭の舞や面の特異性から、その起源については古来より様々な説が語られてきました。よく知られる説の一つは、親を猛獣に殺された「胡人（こじん）」（古代中国において北方や西方に住む異民族を指した言葉）の子供が、その猛獣を討ち果たして歓喜する姿を表しているというものです。舞の荒々しさや面の異形が、この復讐と勝利の物語を象徴していると解釈されます。

別の説としては、嫉妬に狂った唐の時代の妃が、怒りや悲しみから髪を乱し、乱心した姿を描いているというものがあります。抜頭面の垂れた髪や表情が、この情念を表現していると考えられています。

これらの物語的な起源説に加え、曲名の「抜頭（ばとう）」自体にも由来に関する説があります。一説には、この名称は古代インドの言葉であるサンスクリット語の「パルト」（あるいはそれに類する言葉）に由来し、「格闘」や「戦い」といった意味を持つのではないかと考えられています。舞の荒々しさや起源説の内容と関連付けられる説です。

現存する舞楽面

抜頭の舞に用いられる舞楽面は、歴史的な美術品としても価値が高く、各地の寺社などに伝来しています。特に著名なものとしては、神奈川県横浜市にある瀬戸神社に伝わる「瀬戸神社舞楽面抜頭」があります。この面は、鎌倉時代の著名な仏師である運慶（うんけい）の作と伝えられており、国の重要文化財に指定されています。長い歴史を経て伝えられたこれらの面は、当時の面作りの技術や、抜頭という舞楽がいかに重要視されてきたかを今に伝えています。

結論

抜頭は、その音楽性、舞の形式、そして独特な舞楽面において、日本の雅楽の中でも特に異彩を放つ存在です。様々な起源説が語られる謎めいた背景を持ちながらも、古来より重要視され、今日まで連綿と受け継がれてきた貴重な伝統芸能と言えるでしょう。管絃としても舞楽としても、また美術品としての面においても、多角的に魅力を持つ雅楽の世界を深く知る上で欠かせない要素の一つです。

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