提婆達多

提婆達多：釈迦の弟子にして最大の敵対者

提婆達多（デーヴァダッタ）は、仏教史において釈迦牟尼仏の従兄弟であり、弟子であったにも関わらず、後に仏教から離反し、激しい対立を繰り広げた人物として知られています。彼の名は、インドにおいて一般的な名前であったとされ、様々な文献では阿難の兄、もしくは釈迦の妃ヤショーダラーの兄弟とする説が一般的です。しかし、彼の出自に関しては複数の説が存在し、釈迦族の王子であったことはほぼ確実視されているものの、その父や母については諸説あります。

釈迦の弟子となった提婆達多は、当初は仏教の教えを実践していましたが、次第に傲慢な性格が顕著になり、自己中心的な思想を持つようになります。彼は、より厳格な戒律を主張し、釈迦の教えに反する独自の教団を形成しようと試みました。

五事の戒律と教団の分裂

提婆達多は釈迦に対して「五事の戒律」を提案します。その内容は、人里離れた森林での生活、托鉢での家への入室禁止、粗末な衣服の着用、樹下での瞑想、魚肉・乳酪・塩の摂取禁止という、極めて厳しいものでした。この提案は釈迦によって拒否され、これが教団分裂の直接的な原因となります。

提婆達多の提案した戒律の厳しさは、初期仏教の戒律がそれほど厳格なものではなかったことを示唆しています。釈迦の教えは、状況に応じて柔軟に解釈され、適用されていったものであり、絶対的な戒律の束縛があったわけではないと考えられています。

五逆罪と破滅

提婆達多は、釈迦に対する敵対行為をエスカレートさせます。彼は、釈迦教団を離脱し独自の分派を形成する「破和合僧」という罪、霊鷲山から大石を落として釈迦を殺害しようとした「出仏身血」という罪、そして酔象ナーラーギリを使って釈迦を襲わせようとした行為などを犯しました。これらの行為は、仏教において最も重い罪である五逆罪に抵触するものでした。

提婆達多派の存続と異説

驚くべきことに、提婆達多派は後世においても一定の勢力を維持していたと伝えられています。玄奘三蔵の『大唐西域記』には、インドにおいて提婆達多が地獄に堕ちたとされる場所が存在したこと、ベンガル地方で提婆達多派の教団が存続していたことが記されています。

しかしながら、『増一阿含経』など、後期の部派仏教の経典においては、提婆達多の悪行が強調され、彼の末路は地獄への転落として描かれています。これらの記述は、現代の仏教学においては必ずしも歴史的事実として受け止められていない部分もあります。

前世からの因縁と末路

ジャータカ（釈迦前世物語）には、釈迦と提婆達多の因縁が描かれています。『ミリンダ王の問い』では、前世において二人が商人だった頃、黄金の器を巡って争い、提婆達多が釈迦への恨みを抱いたことが、現在の敵対関係の始まりとされています。

様々な経典や文献において、提婆達多の末路は異なった形で語られています。ある説では、悔い改めた彼は釈迦に帰依し、やがては解脱に至るとされています。一方、他の説では、彼は地獄に堕ちたとされています。

大乗仏教における提婆達多

大乗仏教の『法華経』では、提婆達多が未来において仏となることが説かれています。これは、悪人でも成仏できるという大乗仏教の思想を象徴的に示すものであり、後世の日本仏教にも大きな影響を与えました。

まとめ

提婆達多は、釈迦の弟子でありながら、その教えに反旗を翻し、激しい対立を繰り広げた複雑な人物です。彼の生涯と思想は、仏教の成立と発展、そして戒律や教義の解釈について考える上で重要な示唆を与えてくれます。彼の末路についても様々な解釈が存在し、現代においても議論が続けられています。彼の存在は、仏教の歴史における重要な転換期を示す一つの指標と言えるでしょう。様々な文献や解釈を比較検討することで、多角的な視点から彼の人生を理解することが重要です。

もう一度検索