数量経済史

数量経済史（クリオメトリックス）

数量経済史（すうりょうけいざいし）は、「クリオメトリックス」（cliometrics）としても知られる学問領域です。これは、歴史学の一分野である経済史と、統計分析を中心とする計量経済学が交差する、学際的な分野として確立されました。この研究アプローチは、特にノーベル経済学賞受賞者であるダグラス・ノース氏らの貢献によって形成・発展しました。

研究のアプローチと手法

数量経済史が探求する対象は、広範な過去の経済現象や活動です。これらの歴史的事象を理解するために、研究者は現代のミクロ経済学やマクロ経済学の理論モデルや枠組みを応用します。これにより、単なる出来事の羅列にとどまらず、経済学的な視点から過去のシステムや行動原理を構造的に捉えることを目指します。

この分野の根幹をなすのは、定量的なデータの収集と分析です。研究者は、古文書、公的な記録、企業の帳簿、個人の日記など、多岐にわたる文献史料を丹念に読み解き、過去の経済状況を示す数値データを抽出・集計し、経済統計データとして再構成します。このデータ構築作業は、膨大な時間と労力を要することがありますが、過去の経済活動の規模、変動、構造といった、従来の歴史研究では見えにくかった側面を数量的に明らかにするために不可欠です。

構築された経済統計データは、計量経済学で用いられる様々な統計手法を用いて分析されます。例えば、線形回帰分析を用いて要因間の関係性を特定したり、時系列モデルを用いて経済の変動パターンを分析したりします。これらの統計モデルを適用することで、過去の特定の政策が経済に与えた影響、技術革新の普及経路、市場の機能といった歴史的な問いに対し、統計的な根拠に基づいた客観的な推定や検証を試みます。

「数量経済史」と「計量経済史」の概念

類似の名称である「計量経済史」と「数量経済史」は、しばしば同義で使われますが、厳密にはニュアンスの違いが見られます。狭義の「計量経済史」は、既存の統計データや構築されたデータセットに対し、計量経済学の確立されたモデル（例えば、パネルデータ分析や特定の時系列モデル）を適用し、経済構造や因果関係の推定を行う分析手法そのものに焦点を当てる傾向があります。

これに対し、「数量経済史」という言葉は、計量モデルによる分析だけでなく、前述したような歴史史料から統計データをゼロから作成・整備するプロセスも研究の重要な一部として含む、より広い概念として捉えられることがあります。つまり、データを作成すること自体が研究成果の一部となり得る、データ構築の側面も重視するアプローチ全体を指す場合に「数量経済史」が用いられることがあります。

日本における影響

日本国内において「数量経済史」という用語を冠した最初期の代表的な学術書として、1975年に新保博氏、速水融氏、西川俊作氏によって著された『数量経済史入門』が知られています。この書籍は、日本における数量経済史研究の普及と発展に大きな影響を与え、その後の多くの研究者に道を示しました。

数量経済史は、経済学の理論と歴史学の史料分析を融合させることで、過去の経済社会を多角的に、かつ定量的に理解しようとする試みであり、歴史研究に新たな視点をもたらすと同時に、現代経済が抱える問題に対する歴史的示唆を与える可能性も秘めています。正確なデータ構築と厳密な統計分析が求められる、挑戦的な分野と言えます。

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