文字禍

中島敦の傑作短編小説『文字禍』：文字の魔力と人間の脆さ

中島敦の代表作として名高い『山月記』と並ぶ初期の短編小説『文字禍』は、1942年に発表されました。アッシリアを舞台に、文字の精霊の魔力に取り憑かれた学者の悲劇が、緻密な描写と重厚な文体で描かれています。

物語の中心人物は、アッシリアの碩学ナブ・アヘ・エリバ博士です。彼は、文字の精霊が人間に及ぼす影響について深く研究するうちに、次第に文字そのものへの執着と恐怖に囚われていきます。分析的な思考は極限へと達し、文字という記号システムそのものを否定するまでに至ります。

博士は、自身の研究成果をアッシュールバニパル王に訴えようとしますが、彼の警告は聞き入れられません。王は博士の主張を理解することなく、文字の持つ権力と知識への盲目的な信仰を貫きます。

絶望の淵に立たされた博士は、文字の呪縛から逃れることができず、ついに「文字共の凄まじい呪の声」とともに、崩れ落ちる書物（粘土板）の下敷きとなり命を落とします。この劇的な最期は、文字の持つ魔力と危険性、そして人間の脆さを象徴的に表現しています。

『文字禍』は単なる怪奇小説ではなく、文字文化に対する深い洞察と警鐘を込めた作品です。博士の悲劇は、文字への盲目的な信仰や、知識への偏執がもたらす破滅を暗示しています。同時に、人間の知性の限界と、神秘的な力への畏怖が織りなす複雑な心理描写も読みどころです。

『文字禍』は、発表当初は『山月記』と共に『古譚』という題名で発表され、その後、単行本『光と風と夢』に収録されました。収録作品には『狐憑』『木乃伊』『山月記』『文字禍』『斗南先生』『虎狩』『光と風と夢』など、中島敦初期の代表作が網羅されています。

その後も、『山月記・李陵 他九篇』『斗南先生・南島譚』といった作品集や、多くのアンソロジーに収録され、広く読まれています。『文豪ナンセンス小説選』にも収録されていることから、その独特な世界観は、時代を超えて多くの読者を魅了し続けています。

『文字禍』は、簡潔ながらも深遠な寓意を持つ、中島敦の代表的な短編小説の一つです。文字の魔力、人間の脆さ、そして知識の危険性といった普遍的なテーマは、現代社会においてもなお、私たちに重要な問いを投げかけています。この小説を通して、文字という媒体への新たな視点と、知性と信仰のバランスについて深く考えさせられるでしょう。

主な収録書籍

中島敦作品集
『光と風と夢』（筑摩書房、1942年7月）
『山月記・李陵 他九篇』（岩波文庫、1994年7月）
『斗南先生・南島譚』（講談社文芸文庫、1997年3月）
アンソロジー
『文豪ナンセンス小説選』（河出文庫、1987年7月）

参考文献

中島敦『山月記・李陵 他九篇』岩波文庫、1994年7月
中島敦『斗南先生・南島譚』講談社文芸文庫、1997年3月

関連項目

アッシュールバニパルの図書館
楔形文字
ゲシュタルト崩壊

外部リンク

『文字禍』：新字新仮名 - 青空文庫

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