斎藤銀次郎

斎藤 銀次郎

斎藤 銀次郎（さいとう ぎんじろう）は、明治37年（1904年）10月7日に東京府（現在の東京都）に生まれ、昭和54年（1979年）12月15日に75歳で没した、昭和期を代表する日本の将棋棋士です。石井秀吉七段に師事し、その将棋人生を歩み始めました。

棋士としての足跡

昭和2年（1927年）、二段として石井秀吉七段に入門した斎藤氏は、順調に昇段を重ねました。昭和4年（1929年）には四段となり、プロ棋士としての地位を確立します。その後も昇段を続け、昭和12年（1937年）には最高位である八段に到達しました。

八段昇段後、同年から開催された第2期名人戦では、当時のトップ棋士たちによる八段リーグに参加。また、終戦を経て新たな将棋界が構築される中で、昭和22年（1947年）に始まった戦後初の順位戦では、最上位クラスであるA級に名を連ね、実力者として活躍しました。長きにわたり現役を続けましたが、昭和40年（1965年）に棋士としての活動を引退しました。

引退後の動向と最期

棋士引退後、斎藤氏は昭和41年（1966年）8月20日に日本将棋連盟を退会しています。この退会は「一身上の都合」とされましたが、背景には金銭的な問題があったと言われています。斎藤氏に関する借金の訴えが将棋連盟に多数寄せられる事態となり、連盟側から退会か除名かの選択を迫られ、結果として自ら連盟を離れることになったと伝えられています。

昭和54年（1979年）12月15日、斎藤氏は脳軟化症のため75歳で死去しました。その訃報は、当時の毎日新聞や専門誌『将棋世界』などでも報じられています。

門流と後継

斎藤氏の門下からは、平野広吉七段が育ちました。この平野七段の弟子には所司和晴七段がおり、所司七段門下からは、現在の将棋界を牽引する一人である渡辺明九段（永世竜王・永世棋王の資格保持者）をはじめ、多数の棋士や女流棋士が誕生しています。これにより、渡辺九段らは斎藤八段から数えて曽孫弟子にあたる世代となります。2020年現在、日本将棋連盟公式サイトの「棋士データベース」にある平野広吉七段の項目には、師匠として「（故）斉藤銀次郎八段」と記されており、斎藤氏の名前とその段位が僅かながらも公式記録に残されています。

また、斎藤氏にはもう一人、関口慎吾六段（没後追贈七段）という将来を嘱望された弟子がいました。しかし、関口六段は日中戦争、次いで太平洋戦争で応召され、昭和20年（1945年）にニューギニアの戦地で病により非業の死を遂げました。

編著書による将棋普及活動

斎藤氏は、棋士活動と並行して、アマチュア将棋界に向けた名鑑の編纂にも力を入れました。特に、以下の二冊が知られています。

『東京都三多摩地方将棋愛棋家名鑑』

昭和35年（1960年）に編纂されたこの名鑑は、東京都多摩地域のアマチュア有段者の段位と住所を記録したものです。特筆すべきは、余白ページに設けられた「将棋教室」コーナーです。ここには、斎藤氏自身に加え、当時を代表するトップ棋士たち、すなわち大山康晴十五世名人、二上達也九段、原田泰夫九段、加藤博二九段、山本武雄八段、建部和歌夫九段といった錚々たる面々が執筆に参加し、将棋講座を提供しました。また、木村義雄十四世名人、萩原淳九段、そして斎藤氏が出題した詰将棋も掲載されており、非常に豪華な内容でした。巻頭には斎藤氏の挨拶に加え、当時の加藤治郎日本将棋連盟会長や木村義雄十四世名人からの推奨文も寄せられています。

『将棋紳士録』

昭和40年（1965年）に創刊され、昭和52年（1977年）まで毎年改訂版が出版された（全13版）『将棋紳士録』は、対象を日本全国のアマチュア有段者に広げた大規模な名鑑です。こちらの余白ページにも、斎藤氏による棋譜解説、随筆、詰将棋などが掲載されました。昭和52年版の巻頭言で、斎藤氏は健康状態の悪化を理由に、この版をもって刊行を終える意向を示しています。また、この巻頭言では、昭和40年の創刊時には日本将棋連盟の一部から反対があったことも明かされており、その出版には少なからず苦労があったことがうかがえます。

これらの名鑑編纂活動は、斎藤氏のアマチュア将棋普及に対する情熱を示すものであり、当時の将棋界において貴重な役割を果たしました。

昇段履歴

昭和2年（1927年）：二段で石井秀吉に入門
昭和3年（1928年）：三段
昭和4年（1929年）：四段
昭和6年（1931年）：五段
昭和8年（1933年）：六段
昭和9年（1934年）：七段
昭和12年（1937年）：八段
昭和40年（1965年）：引退
昭和41年（1966年）：日本将棋連盟を退会

参考文献

加藤治郎、原田泰夫 著『[証言]将棋昭和史』毎日コミュニケーションズ、1999年

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