新版大岡政談 (1928年の日活の映画)

新版大岡政談

『新版大岡政談』（しんぱんおおおかせいだん）は、1928年（昭和3年）に公開された日本の時代劇映画。日活が製作し、伊藤大輔が監督と脚本を務めた無声映画である。林不忘の小説『新版大岡政談・鈴川源十郎の巻』を原作とし、全三部作として公開された。第一篇が5月31日、第二編が6月8日、そして解決編が8月17日にそれぞれ封切られ、妖刀を巡る壮絶なドラマが多くの観客を魅了した。

あらすじ

物語の中心となるのは、江戸の小野塚道場に伝わる二振りの妖刀、「乾雲（けんうん）」と「坤竜（こんりゅう）」。これらの魔力を持つ刀を巡り、隻眼隻腕の凄腕剣士・丹下左膳、刀の持ち主である小野塚道場の人々、左膳を慕う愛人のお藤、悪辣な旗本・鈴川源十郎、謎多き放浪者・泰軒、そして江戸南町奉行の大岡越前守らが激しい争奪戦を繰り広げる。本来、左膳は相馬中村藩の武士であり、藩命により妖刀を手に入れるべく江戸へ来た。しかし、刀の秘める恐るべき魔力に囚われた彼は辻斬りを重ねるようになり、大岡越前守から追われる身となる。ようやく刀を手中に収めたものの、今度は主君から裏切られ、全てを失った絶望の果てに多くの人々を斬り、最終的には愛する道場の娘・弥生と共に妖刀「乾雲」を自らに突き立てて壮絶な最期を遂げる。

作品の評価と特徴

本作は、伊藤大輔監督の代表作の一つとされ、『忠次旅日記』が悲劇的な作風であるのに対し、徹底した娯楽活劇として創り上げられた。撮影を担当した唐沢弘光は、刀の奪い合いの場面ではカメラを体に固定したり、お藤が屋根伝いに疾走するシーンではカメラを竹竿にくくりつけたりするなど、斬新な撮影技法を駆使し、映像に躍動感を与えた。主演の大河内傳次郎は、全身全霊を込めた体当たりの演技で丹下左膳を演じ、激しい立ち回りでは勢い余って地面に顔から突っ込んでしまうほどであったという。この作品によって、丹下左膳役は大河内の当たり役として確立された。当時、この題材は日活のほか、マキノ（嵐長三郎改め嵐寛寿郎主演）、東亜（團徳麿主演）と三社による競作であったが、日活版が大ヒットし、一人勝ちの様相を呈した。伊藤監督は大河内に丹下左膳と大岡越前守の二役を演じさせ、グロテスクなメイクの左膳と立役風の越前守という対照的な人物像を演じ分けさせた。原作では左膳が筏で逃れて消息不明となるのに対し、伊藤監督は主君の保身のための裏切りによって憤死するという結末に変更した。この脚色は、当時の不況にあえぐ庶民に寄り添うメッセージ性を強めるものとなった。残念ながら、本作のフィルムは現在ほとんど失われ、断片のみが現存している。

エピソード

無声映画時代、京都の映画撮影では南禅寺が頻繁にロケーションに使われた。本作も南禅寺で大規模な撮影が行われたが、当時、各社の撮影班が毎日南禅寺に押し寄せ、複数班が同時に撮影することも珍しくなかった。若き日の稲垣浩監督が南禅寺へロケに赴いた際、大先輩にあたる伊藤大輔監督が本作の撮影中であったため、挨拶だけして引き上げたという。ところが翌日、新聞で伊藤監督が南禅寺の三門での撮影中に大扉が外れて負傷したとの記事を目にし、稲垣は大変驚いた。幸いにも重傷ではなかったため、責任感の強い伊藤監督は松葉杖をつきながらもメガホンを取り続け、作品を完成させた。この出来事は当時の映画界で広く知られるようになり、「伊藤監督遭難の地」として南禅寺ロケにおける語り草となった。戦後になっても稲垣は、「天災は忘れたころに来る」という教訓として、この話をロケ隊に語り継いだという。

その後

本作の成功を受け、続編として『続大岡政談 魔像篇』（1930年）が製作された。こちらは『続大岡政談 摩像篇第一』（1930年）と『続大岡政談 魔像解決篇』（1931年）として公開され、前作に引き続き伊藤大輔が監督、大河内傳次郎が主演を務めた（こちらは茨右近／神尾喬之助／大岡越前守の三役を演じている）。ただし、これらの続編もまた、現在ではフィルムが失われているか、わずかな断片しか残されていない。

現存する断片フィルムと関連資料を元に、2008年には東京国立近代美術館フィルムセンターにて、活動弁士や音楽家による再現企画が試みられた。

主な登場人物（キャスト）

丹下左膳 / 大岡越前守: 大河内傳次郎
隻眼隻腕の怪剣士。相馬藩士だったが妖刀に魅入られ破滅する。大岡越前守は事件を追う南町奉行。
櫛巻きお藤: 伏見直江
左膳の愛人。ピストルを使い左膳に協力するが、彼の愛情を得ようと刀を奪い、最期は左膳に斬られる。
蒲生泰軒: 高木永二
飲んだくれの坊主姿の乞食。実は大岡越前の密偵であり、剣の達人。
弥生: 伊藤みはる
小野塚鉄斎の娘。父の仇を追うが左膳に求愛される。
鈴川源十郎: 金子鉄郎
悪辣な旗本。

他、多くの個性的な登場人物たちが物語を彩る。

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