日傘 (ゴヤ)

『日傘』

フランシスコ・デ・ゴヤが1777年に制作した『日傘』（El quitasol）は、スペインのロマン主義を代表する風俗画の一つです。この作品は、エル・パルド王宮の装飾のために描かれた10点のタピスリー用カルトンの一部として制作されました。ゴヤが手掛けたタピスリーカルトンは、彼の生涯にわたって63点に及び、特にこの『日傘』はその中でも際立った魅力を放っています。

制作の背景

エル・パルド王宮は、マドリードの郊外に位置し、皇室の夏の離宮として利用されていました。ゴヤは1776年から1778年にかけて、王太子夫妻の食堂の壁を飾るためのカルトン制作に取り掛かりました。それ以前までは、タピスリーの主題として神話や歴史的な場面、あるいは当時のオランダ絵画に見られる風俗画が主流でしたが、ゴヤはその考え方に変革をもたらしました。彼は、同時代のマドリードの生活を描くことで、より身近で現実的な風景を提示することを選びました。

ゴヤの連作に含まれる作品は、『酒飲み』や『ピクニック』、『ベンタ・ヌエバでの喧嘩』など、多岐にわたります。これらの絵は「田舎」をテーマにして構成されており、それぞれの作品が独自の構図で描かれています。『日傘』と『酒飲み』は、テーブルの上重視された大画面の作品『ベンタ・ヌエバでの喧嘩』の両側に配置されることが予定されていました。

作品の内容

『日傘』では、土手に座る優雅な服装をした若い女性が描かれています。彼女は背後から日傘を差す若者に伴われており、彼女の膝の上には小型犬が丸くなって寝そべっています。女性は扇子を持ち、鑑賞者に微笑みかける姿が印象的です。彼女は贅沢な服装から、上層階級に属することが示唆されています。対照的に、若者はシンプルな装いで、マドリードの下町に住む人々を象徴しています。この男女の装いの違いから、社会的な階級差が明瞭に表現されています。

また、二人の視線と身体の動きには、鑑賞者への誘いが感じられ、後の版画作品『ロス・カプリーチョス』に見られる人間関係のテーマへとつながっていく可能性があります。ゴヤのこの作品は、ただの風俗画に留まらず、社会や人間の愚かさに対する批判をも潜ませている、近代的な視点を持った作品です。彼が描いた風景は、18世紀のスペインでの生活そのものであり、時代背景を巧みに反映しています。

技術と影響

ゴヤにとってカルトン制作は、絵画技術の修練や実験、実践の場でありました。作品の構図は、イタリア絵画から影響を受けたピラミッド型の配置が見られます。また、色彩は鮮やかで対照的であり、光と影の表現におけるゴヤの熟練した技術を示しています。特に、陽光が女性の顔に当たる様子を描写した部分は、さりげなくも深い印象を与えます。

屋外の情景を描いたこの作品は、フランスのロココ時代の雅宴画からの影響を受けていますが、ゴヤはそれを独自の文脈で再構築し、スペインの風景へと落とし込んでいます。作品は、フランスの画家ニコラ・ランクレやジャン・フラゴナールの作風とも関連性が指摘されています。

来歴

『日傘』はスペイン王室のコレクションに由来し、1777年にはサンタ・バルバラ王立タペストリー工場に納品されました。その後、1856年から1857年にかけてマドリードの王宮に移され、最終的には1870年にプラド美術館へと収蔵されました。

この作品は現在、プラド美術館のコレクションの一部として、観客にその魅力を伝えています。

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